断るなんて言わないわよね?

「あらあら……こんなに泣いてしまって。スィークがあんなことをしろと言うから」

「ノリノリで応じたのはラインリア様でしょうに」

「そうだったかしら? 記憶に無いわね」

「年は取りたくないものですね」


 ギンッと鈍い音が響き渡って、泣いていたフレアは感じて殺気に涙を止めた。

 慌てながら頬を拭っていると、抱きしめるラインリアがその手を放さない。本当に娘でも愛でているようなその優しい体温にフレアは、母親の温もりと言う物を体験し自身もこうなりたいと思う。


「それにしてもハーフレンの子供なのよね」

「……」

「スィーク。フレアをどうにか出来ないの?」

「出来ます。当人にその気があればですが」


 あっさりと言って紅茶を淹れる彼女は、その目をフレアへと向ける。

 まだ色々と甘いが、素材で言えば一級品である。


「フレア」

「……」

「ラインリア様。その薄い胸を彼女の顔から御放し下さい」

「何か目覚めそうな気がするの。出ちゃう気が」

「出ません」

「……もう。ノイエの時に女を思い出せたから、フレアとならもっとこう目覚めるかなって」

「ちょっと待ていっ!」


 ベッドの方から男性の声が響いて来た。


「おや。生きてましたか。この前種馬王は」

「スィークよ。これでも儂はユニバンスにその人ありと言われた」

「種馬ですね」

「……まあ良い。時にリアよ」

「はい?」

「ノイエの時とは何だ? 儂はそんな報告聞いておらんぞっ!」


 ベッドに横になっている彼は基本置き物だ。下半身は動かすことが出来ず両腕も骨折している。

 それでも生きているのは奇跡に等しいが、生きているのだから彼の奇跡は継続したままである。

 一日の大半を寝て過ごしているし、現に今も寝ていたが……流石の彼も最愛な人の発言に目を覚ましたのだ。


「言いませんでしたか? アルグスタとノイエが初めて来た時、もうあの子ったら凄いの。私の全身を隈なく撫で回して、あんな強すぎる刺激なんてしばらく味わっていなかったから……ポッ」

「何と言うことか! 息子の嫁に後れを取るとは! 案ずるなリアよ! 儂が元気になった暁には、この舌でお主のっゴボゴボゴボッ」

「重要な会話が進みませんので紅茶でもどうぞ。前王様」

「いやぁ~! スィーク! いくら何でもやりすぎよ~!」


 フレアを放してベッドに駆け寄ったラインリアが、何故か吐血をしながら夫の世話を始める。

 やれやれと肩を竦めたスィークは、介抱されて呼吸を整えているフレアを見た。


「で、フレア」

「……はい」

「貴女がこの王都に残る画期的な方法があります。聞きたいですか?」


 あのスィークをして画期的と言わしめる方法。

 きっと良くないことだと頭の片隅から強い警告が鳴り響いて来るが、それでもフレアは一歩踏み込んだ。


「聞かせてください」

「良い目ですね。なら……貴女。わたくしの後を継ぎなさい」

「……暗殺者になれと?」

「それはミシュに継がせました。では無くメイド長を継ぐのです」


 想いもしない言葉にフレアの思考が停止した。

 それを見通してスィーク言葉を一方的に続ける。


「わたくしの夫であるウイルアムも今回の騒ぎで他界しました。

 ハルムント家はイールアムしか居ない状況で、世継ぎを得るのが急務です。ですからわたくしはしばらくの間、家族問題に掛かりっきりとなるのでメイド長の地位が空白となります。

 ただメイド長とは一朝一夕でなれるものではありません。高い教養と恥ずかしくない礼儀作法。世の男性を全て跪かせる胆力や物理的な圧力なども必要です。この全てを賄えるような後継者を前々から見つけていたのですが、悲しいことにその娘はずっと騎士などをしていました。

 ですが今回その騎士の地位を失ったのです。だったら押し付ける絶好の機会では無いですか? そうは思いませんか?」

「……」


 圧倒的な気配によってスィークに屈せられたフレアは、カクカクと頷くしかない。


「物分かりが早くて助かります。ですので貴女にはメイド長見習いとしてしばらくこの屋敷で暮らして欲しいのです。そうですね……まず半年ほどは屋敷と王城を往復してわたくしの仕事を学んで貰い、それから半年はこの屋敷で仕事を学んで貰いましょうか」


 スッと笑い……スィークはフレアの腹部を見る。


「それにここは王都でも有名な孤児の集まる場所。そこに両親が分からない乳飲み子が1人混ざった所で誰も気になどしませんし、たまたまメイド長見習いがたった1人の乳飲み子を溺愛するくらい……その子供の将来を買って手懐けていると言うなら大目に見て貰えるでしょう。どうですか?」

「……ここで産んで良いと言うのですか?」


 思いもしない提案に、フレアはその目を丸くする。


「ええ。ただし乳飲み子が大好きな女主人が居るから気をつけないといけませんが」


 クスクスと笑いスィークは、そっと自分が使っていたエプロンを手にした。


「ここまで貴女の上司……アルグスタ様は世話を焼いてくれたのですよ? まあ1人で全てを抱え込んでどうにか乗り越えようとしていた馬鹿が、恥を忍んで頭を下げたからこそここまでしたとも言えますが」

「ハーフレンも」


 強い王子を必死に演じていた彼が自分の為に弟に頭を下げた。それを聞かされてフレアは到底断れない。

 何より条件が良すぎるくらいだ。ここだったら彼と付かず離れずの距離を保てる。

 せめて彼が正室である彼女と跡継ぎを作るまでは……会わないと決めていたから。


「スィーク様」

「決まって?」

「はい。ご指導のほどよろしくお願いします」

「ええ」


 深々と頭を下げたフレアは見ていなかった。

 スィークが今日一番の残忍な笑みを浮かべた所を。


「良かったわ~」

「ラインリア様?」

「これでフレアは今日からこの屋敷のメイドね?」

「はい。お願いします」


 騎士では無くメイドとしてこれからを生きると決めた。

 そう誓ったフレアに、ポンと胸の前で手を叩いたラインリアが優しく笑う。


「本当に良かったわ。今度ハーフレンたちがこっちに引っ越して来るから1人でも優秀なメイドさんが欲しかったのよね」

「……何の話ですか?」


 フレアは凍り付いた。


「知らないの? シュニットたちがお城に行ったでしょう? だから替わりにハーフレンたちがこっちに来て私たちと一緒に暮らすの」

「……」


 嵌められたと思ったが、スィークは顔色一つ変えずにフレアを見ていた。

 そんな彼女を憎々しく思いながら、フレアは自分の誓いと色々なモノを天秤にかけ……断ろうと口を開こうとした。


 だがポンと背後から肩に手を置かれた。


「断るなんて言わないわよね? フレア」

「……」


 余りの殺気と肩に置かれた手から伝わる握力おもいにフレアの心の何かが折れた。


「身命を賭してやらせていただきます」

「まあ……良かった」


 ポンと手を打って喜ぶラインリアに、フレアは完全に屈していた。




~あとがき~


 そんな訳でフレアは二代目メイド長の道を歩むことに。似合い過ぎている気がするのは作者だけでしょうか? ラインリアとスィークって本当に仲が良いなと思ったのも作者だけでしょうか?




(c) 甲斐八雲

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