娘は良いわね。可愛くて

 ラインリアに誘われ、フレアはベッドの傍で椅子に腰かけ前王妃と向かい合う。

 膝を突き合わせる距離で、相手に手を握られ逃れることも出来ない。


「何から話せば良いのかしらね……たぶん疑問に思っているのはこの若さかしら?」

「それを含めて全てです」

「あらフレアったら欲張りさんね。全てだなんて……どこからどこまでかしら?」

「出来たらその御姿の理由を含めてお話していただければ嬉しいのですが」

「そうなの? 喜んでくれるなら全部話してあげる」


 嬉しそうに語りだしたラインリアの話の内容は余りにも重すぎた。


 あの日突然自分の身に生じた出来事……最も信頼していた少女による裏切りで、全身を切り刻まれて瀕死の重傷を負ったラインリアは、その傷の再生と崩壊を繰り返して今の体を得た。

 それからは抑えることの出来ない強すぎる力を体内に宿す反動で、何かあると自壊してしまう自身と上手く付き合い生きているとのことだった。


 あり得ないと思う反面、微かながらにその可能性に気づいた。


 自分が簡易的に体験した暗竜の憑依。つまり"彼"の力を使えばラインリアの体内に居る存在を消し去ることが出来るはずだ。だが上司であった彼がそれをしないのは、きっと使えば彼女の命の保証が無いのだろう。


 何だかんだで心優しい彼が使わない理由を知り、何も言えなくなった。


「……ラインリア様は辛く無いのですか?」

「辛いわ。人前には出れないから……それに子供たちにも姿を見せられないし」

「そうですね」


 子供好きな彼女にすれば死活問題だろうことが良く分かるだけにフレアの心が痛んだ。


「でも良いの。子供たちの笑い声を聞いているだけでも私は幸せだから。それで良いのよ」


 寂しげに笑い彼女は自分の説明を終えた。


「それでフレア!」

「はい?」

「貴女騎士を辞めさせられたのでしょう? 私もシュニットやアルグスタにあんなにお願いしたんだけど……ダメね。前王妃なんて全く力が無いもの」


 力云々では無くて……立場と言うか、国としての厳しい姿勢を示す為には必要なのだ。


「……生きているだけで奇跡だと思います」

「そうなの? 私ったら政治とか全くダメだから」


 政治では無くて犯罪であるが、説明しても相手はラインリア様だ。

 フレアは早々に説明すると言う気概を放棄した。


「でも貴女はもう、今までのようにハーフレンの傍に居れないのよね?」

「はい。今までのようには無理だと思います。

 でも出来たら傍に居たいんです。だからこれから必死に頭を使って考えて行こうと思います」

「1人で?」

「はい。でも今が1人なだけですから」


 笑ってフレアは彼の母親を見つめる。

 優しく笑ってくれたラインリアが、その手を伸ばしてフレアの短くなった髪に触れる。


「女が髪を切るなんて余程の覚悟よね」

「えっあっ……はい」


 自然と視線を泳がせつつフレアはどうにか返事をする。

 母親の手違いでバッサリ切られたとは言える雰囲気では無かった。


「でも1人だと大変でしょう?」

「そうですね。全て初めてだから」

「そうよね。今までずっとお屋敷暮らしで寮生活ですものね」

「ええ……?」


 何となく会話の噛み合わせが悪い気がする。


 純粋に自身の今後を案じてくれるラインリアに対して、相手に未だ謝っていない事実を思い出した。

 とりあえず謝ってから……と、フレアはそれに気づいた。自分の上司は基本良い人だが『ユニバンス一の厄介者』と呼ばれるほどに根性がねじ曲がっている。


 つまり何かしらの何かが仕掛けられているはずだ。


「あの~ラインリア様?」

「何かしらフレア?」

「私のことは、どの程度お聞きになっているのでしょうか?」

「えっと……今までみたいにハーフレンの傍に居れなくなると。そうよねスィーク? スィーク?」


 返事が無い。


 メイド長はその場から消えていたらしく、フレアは胸の中で沸々と怒りが込み上がるのを感じた。

 つまりお詫びと共に、自分の口で彼の両親に全てを告げろと言っているのだ。あの2人はっ!


「……ラインリア様」

「何かしら?」

「この度は本当に申し訳ございませんでした。謝って済むとは思っていませんが」

「あらあら……どうしたの急に?」

「……ウイルモット様の襲撃者の名は?」

「知らないわ。『りゅうしさい』とかと言う話は聞いたけど?」


 ここかららしい。随分と手の込んだ嫌がらせだ。

 このまま沈黙して全てを誤魔化せば……フレアは自分の胸の内で頭を振った。

 それでは昔と変わらない。また逃げ出すことになる。これは自分が変わる為の舞台なのだ。

 と、フレアは自分に言い聞かせた。


「ウイルモット様を襲撃したのは私です」

「……本当なの?」


 スッと爬虫類を思わせる相手の目が細まった。

 全身が恐怖で粟立つ中、フレアはそれでも毅然と口を動かす。


「それにシュニット王も襲撃しました。狂わされ操られていたと思われていますが、あの時の私は自分の意思で行動していたのです。ですから全て私がやりました」

「……」


 そっと伸びて来たラインリアの手がフレアの頭頂部に置かれる。

 そのまま頭をねじ切られてしまいそうな気配に、震えながら必死に最後の言葉を紡ぎだす。


「だから私は殺されても仕方ありません。でも……だから待って欲しいんです! せめてお腹の子供を産んでから! お願いします!」

「はい。良いわよ」

「……え?」


 恐ろしいほどの気配は霧散し、良々と頭を撫でるラインリアはいつもの……出会った頃から何一つ変わらない優しく慈愛に溢れた笑みを見せる。


「良く言えました。これで良いのでしょう? スィーク」

「はいラインリア様」


 机と紅茶の道具を抱えたスィークが姿を現し、机を組み立て紅茶の道具を置いた。


「おやフレア? どうしてそんなに呆けた顔を? このわたくしが事前に全て話していないとでも思ったのですか? 貴女を貶めて苦しめて笑い物にする為に?」

「……」


 今にも泣き出しそうな顔をしてプルプルと震える彼女に、ラインリアは笑ってそっと"娘"を抱きしめた。


「ああ本当に……娘は良いわね。可愛くて」

「……グスッ」


 堪えきれずフレアは泣き出した。




~あとがき~


 結局玩具にされるフレアなのでした。ですがある意味で昔の彼女に戻りだしています




(c) 甲斐八雲

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