メイドごときには負けません

「……そんなこんなで色々と手を回してメイド見習いにするはずが、メイド長見習いとしてあの屋敷で暮らすことになりそうです」

「そうですか」


 何とも言えない表情で相手の女性が小さく頷く。


 落ち着いて考えるとメイド長見習いって何さ? 普通メイド見習いだよね? この国のメイド長って何なの? 世襲制なの? 誰か僕に納得できる言葉で教えてください。


 何処か曖昧な笑みを浮かべている自分自身に気づいたのか、彼女は軽く頬を叩いて僕に一礼した。


「失礼しました」

「いえいえ。こんな話を急に聞かされて納得しろと言う方に無理があるので」

「そうですよね」


 認めないで~。それはそれで辛いから。

 こっちも本当に色々と無理をして無茶をしてるんだよ?


 でも相手はその無理や無茶を正確に伝えなければいけない相手だ。

 当事者の1人でありながら蚊帳の外なのは僕的に見てちょっと難があると思う。何よりここまで色々と押し付けたんだ……苦しめ馬鹿兄貴よ。


 心の中で悪魔の笑みを浮かべ、僕は王弟ハーフレンの正室であるリチーナ・フォン・ユニバンスの様子を伺う。

 相変わらず何と言うか……デカい。見ないように気をつけているけど、向かい合って座っているからどうしても視界に入ってしまう圧倒的な存在感を誇る胸が特徴の女性だ。


 普段は腕白で自由奔放な性分を発揮して、馬に乗っては駆けまわっている元気な女性だ。

 今日は流石に真面目な話でもあり、弟である僕の正式な面会許可申請を受けているのでドレス姿ではあるが。


「アルグスタ様。そのハーフレンの幼馴染と言う女性は、つまり今度引っ越すお屋敷に居ると言うことで宜しいのですね?」

「はい。彼女からすれば断る理由がありません。きっと承諾してから事の真相を聞かされて……まあラインリア様から逃れられるとは思わないので、今頃部屋の隅で膝を抱えて『人生って何だろう?』とか呟いているのかもしれないですね」

「そんな言葉を呟く人が居るのですか?」

「時と場合によっては居るらしいですよ」


 僕の隣で暇を持て余してウトウトしているお嫁さんの中で、先生がしばらくそんなことを言っていじけてたらしい。

 確かに弟子に色々と先を越されたのはショックだったかもしれないけどさ……先生ってそう言うこと気にするタイプなんだね。

 その意外性が可愛らしいです。本人に言ったらビンタを食らいそうだけど。


「ただ色々と無茶をさせているので、しばらくは無理なことをさせないであげて下さいね?」

「わたしが嫉妬からイジメると?」

「いいえ。ラインリア様のように可愛すぎる気持ちが強すぎてそれが相手に対して……」

「まあ前王妃様は悪い人では無いのですけどね」


 多分無意識で彼女は下から持ち上げるように自分の胸を抱いた。

 スィークさんから聞いた話では、初めて顔合わせをした時に……リア義母さんが暴走したらしい。


『何をどうしたらこんなに育つの? どれくらい柔らかいの? 本当に重いんだ』などなど面会の時間中ずっと義母さんに胸を揉まれ続けたとかで、帰り際には足腰をガクガクいわせて大変だったらしい。

 抵抗しても良いと思います。うちのお嫁さんだって……無抵抗で人形のようになってますね。

 もしかして義母さんには何かしらのスキルがあって抵抗できないのか?


「リチーナ姉さんが普通に接しても相手にはそれが辛いこともあるかもしれません。本来なら一時的に別の場所で預けてと考えていたのですが、どうも義母さんと叔母さんは彼女のことを気に入っているので」

「そうですか。そう言うアルグスタ様も気に入っているのだと思いますよ? 部下とは言えここまでご苦労するのですから」

「どうなんですかね? 色々とお世話にはなりましたが……それよりも部下である彼女の妹が辛い顔をしているのを見るのが嫌なんですよね。可愛い女の子には笑っていて欲しい人間なんで」

「そのようなことをはっきりと言えるのですね?」

「はい。本人が聞いてないなら言えますよ。ああ、でもノイエにだったら何でも言えますけどね」

「……」


 眠そうなノイエが軽くこっちに傾いて寄りかかって来る。可愛い奴め。


「羨ましいですね。御二人の関係が」


 言ってため息を吐いたリチーナさんは、やはり何かしら察していたのだろう。

 まあ旦那があんなにも必死に1人の女性を探すとか……どう考えても普通の関係な訳が無い。


「どうします?」

「はい?」

「何だったら……僕が手を回してあの2人が一緒に生活することが出来ないように細工することも出来ますが?」

「……」


 その言葉にリチーナさんは座り直して僕を正面から見た。


「そのようなことはしなくて結構です。わたしとて上級貴族ミルンヒッツァ家の娘であり、王弟ハーフレンの正室。たかが元貴族の娘であるメイドごときに屈したりしません」

「なら正々堂々と奪い合うと?」

「はい。相手は子を孕んでいるのなら無理は出来ないはず。その隙に夫の体を誘惑し、わたし無しでは生きられないようにするまでです」

「流石御姉様です」


 本当に女性は逞しくて怖いな。


「ならこのアルグスタ……何かあったら貴女の味方をすることを約束しましょう」

「良いの?」

「はい。弟とは古来より兄より姉を大切にする存在ですしね。ただし国を害するような企みである場合は……ユニバンス一の厄介者を敵に回すお覚悟で望まれますよう願います」

「ええ。わたしは貴方を敵に回したくないと今回の1件で痛感しましたから」


 クスクスと笑い、リチーナは本心からその言葉を相手に告げた。




「お戻りでしたか? ハーフレン様」

「知っててアルグと2人で俺に聞こえるよう言っていたのだろうが?」

「はい。話の分かる弟君との会話は楽しくてつい」

「言ってろ」


 夫婦の寝室に出向いて来たリチーナは不貞腐れた様子の夫を見て笑う。

 ガリガリと頭を掻いたハーフレンは立ち上がると、妻の元へと歩み寄った。


「済まんな。報告が後回しになって」

「いいえ。出来たら貴方の口から聞きたかったですが」

「今夜言うつもりだったんだよ。それに気づいたアルグに先手を打たれた」

「あらあら……流石に無理ばかりお願いし過ぎたのでは?」

「そうだな」


 息を吐きハーフレンは正面から妻を抱きしめる。

 巨躯の彼に包まれるよう抱きしめられたリチーナは、そっと夫の耳に口を寄せた。


「わたしとてメイドごときには負けません」

「良いだろう。だったら俺は2人纏めて相手をするだけだ」


 そっと彼女の足に腕を回してハーフレンは相手を抱え上げた。


「喧嘩などする暇もないほど常に腰抜けにしてやる」

「……それだと2人で協力して、夫を退治する必要がありそうですね」


 笑って夫の頭を抱き寄せ、リチーナは彼にキスをする。



 有言実行……その日の2人は大変激しかったらしい。




~あとがき~


 お姉ちゃんの味方なアルグスタは、お姉ちゃんの味方なのです。結果ノイエの中で数人の好感度が上昇することに…死亡フラグにならなきゃ良いけどw




(c) 甲斐八雲

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