Side Story 02 追憶② 『愛しいからこそ』

ここに居るよ

 雪原は違う色と混ざり合っていた。

 純白の雪の色、白と……血の色、赤だ。


 その色を発生する躯たちは、冷たく凍り付き転がっている。

 と、小さな人影が動いた。


 全身を赤く染めたそれは、ゆっくりと動き……前のめるように膝を地に付け激しく震える。

 胃の中の物を全てぶちまけ地面に手を伸ばし掻く。


 記憶が曖昧で良く思い出せない。

 だが目の前の現状を知れば何が起きたかぐらい理解出来る。


 空っぽになった胃が震えて胃液を吐き出す。それでも吐き気は止まらない。

 自分の胃液に喉を焼かれても、それでも地面を掻いて苦しみ悶える。


「あ、ぐぅ……あっ」


 苦しい。余りの苦しさに……それは逃げ出すように必死に腕を動かす。


 金色の髪を雪と血で汚す少女だ。

 と、また胃液を吐いて彼女は苦しむ。

 それはまるで自分が犯した行いを罰するかのような……拷問だった。


「ハフ……にい、さまっ」


 苦しく潰れてしまいそうな心で、少女はその名を呼んで必死に意識を保とうとした。

 だが数歩の距離を這って進むだけで全ての体力を使い切り……少女は雪の中で気を失った。




「これほどの被害か……」


 この半月で集められた報告書を前に、国王ウイルモットは窪んだ眼を擦った。


 睡眠時間などほとんど無い。国務を終えてからが彼の本当の仕事が待っている。

 大切な王妃が、最も愛している存在が……人に見せられぬ姿となってしまったのだ。


 それでも彼は国王だ。自身の心情よりも国内情勢を優先するほか無い。


 正直、何が起きたのかすら分からない。

 もしかしたら別のことが原因でそうなったのかもしれないが、集めた報告を纏めれば……ついぞ関連性を疑ってしまう。


『子供たちの集団発狂』


 一定の年齢である子供たちが突然狂って暴れたのだ。

 言葉とすれば簡単ではあるが、それがもたらした物は数多くの死者だ。

 狂ったように子供たちが手近な者を襲い殺す。それは自身の親兄弟なども含まれていたのだ。


 そんな惨劇が繰り広げられ、国王ウイルモットも兵を率いて城を出て鎮圧に回った。

 捕らえられた子供たちの大半は自分が何をしたのかすら理解していなかった。

 だが取り調べで自分の行いを知り……恐怖と深い罪悪感に泣き叫ぶのだ。


 しかし子供らの罪は消えない。

 してしまったことは償わなければいけないのだ。


 痛ましい報告書の内容に目を通し、国王は静かに頭を振る。

 最悪の事態が起きたのは間違いない。だがお陰で1つだけ誤算が生じた。

 それは事件が起きたのがユニバンス王国だけでは無かったのだ。


 近隣の諸国でも発生し、ユニバンス王国を攻めていた大国の2つが兵を引いた。

 皮肉この上ないが、狂乱が起きて一時の平和が生じたのだ。


「だがこれは一時しのぎだ。どの国も国内を固めればまた動く」


 そうなれば小国ユニバンスは滅亡に向かいまっしぐらだ。

 この国を支えていた若く優秀な駿馬の多くが発狂し狂ってしまったのだから。


 一度狂った者たちを兵として前線に出すことは出来ない。他の兵たちが許さない。

 罪人として処刑しなければ国民が許さない。たとえ王族の者であってもだ。


 ウイルモットは頭を抱える。


「どれほどの試練が我が国に訪れるというのか?」


 愚痴の1つでも言わなければやって居られない状況だった。



 しかし……この時を境に、小国ユニバンスに対して侵攻して来る兵の数は一気に減った。

 僅か数ヶ月で見たことも無い新種のドラゴンが増え、大国ですらその対応に追われ動けなくなったのだ。




 少女は黒いドレスを身に纏い、白いバラを胸に抱いて歩いていた。


 場所は共同の墓地だ。


 友は我が儘を言って実家を飛び出した結果、その遺体が帰る場所を失ったのだ。

 故に共同墓地に埋葬された。

 首から下を腐らされ、二目と見れない姿となってだ。


 トボトボと歩く少女は、目的地に立つ人物に気づいた。


「ソフィーア」


 同じ師の弟子となった彼女は、薄汚れた服を着て墓の前に立っていた。

 ゆっくりと向けられた相手の顔には生気が無く……まるで鏡で自分を見ているような気にすらなった。


「フレア」


 小さく頷いて少女……フレアも墓の前に立つ。花を置いて小さく祈りを捧げる。

 共同の物であるから墓石に彼女の名前など刻まれていない。

 だがフレアは心の中で相手の名を呟いた。


『痛かったよね。ミローテ』


 弟子の中で年長者だからと言う理由で、彼女はいつも自分たちの世話を焼いてくれた。

 師である"彼女"を最も慕って最後まで付いて行き……そしてその人に殺されたのだ。


 ドロドロに溶かされたその遺体は、『酷かった』などと言う言葉で片付けられないほどだった。

 運よく確認が取れたのは、顔が残っていたから。それだけだ。


「ソフィーア」

「……なに?」

「貴女は大丈夫だったの?」

「ええ。わたしはもうろくに魔法が使えないから」


 ギュッと自分の腕を抱いて、ソフィーアは泣き出しそうな顔でそう告げる。

 大切な者を失いその衝撃で心が砕けた彼女は、それ以降魔法の行使が上手く出来なくなった。


「貴女はどうだったの?」

「……ここに居るよ」

「そうね」


 分かりやすい返事だった。

 狂った者は全て捕らわれ、年齢や地位など関係無く処刑されている。


 だがフレアは何も言えずに肩を震わせた。

 本当は全てを吐き出し晒したかった。『自分は狂った』のだと。

 だが出来ない。止められているからだ。


 発狂した子供を持つ親がどれ程の責めを周りから受けているのかを知っているからだ。

 だから全てを打ち明けることは出来ない。

 自分がただの人殺しなどと……決して言えないのだ。


「フレア」

「なに?」

「貴女は……ちゃんと生きてね」

「?」


 おかしなことを言う友に、フレアは顔を向けた。

 普段から困った感じの表情を見せるソフィーアは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「わたしはたぶんもう色々とダメだから」

「そんなことない」

「ダメなんだよ」

「そんなことないっ!」


 相手の言葉を認めたら、自分など生きている価値すら無いとフレアは分かっていた。

 だからボロボロと涙を溢して……彼女は友の胸に飛び込んだ。



 2人は声の限り泣き続けた。

 泣いて泣いて……泣き疲れた頃に約束をした。

『またここで会おうね』と。




~あとがき~


 帰って来たシリアス展開です。

 あの日の直後からリスタートした追憶②でございます。


 ブシャールで何があったのか? 皆殺しですけどね。

 ただ追憶①を読んでいればお分かりの通り、フレアはとっても優しくて良い子なのです。

 そんな彼女が果たして自分がやったことに耐えられるのか? 無理っスね。

 色々と作者泣かせのフレアさんを掘り下げつつ、『本編と性格違くない?』の謎などを解き明かしていこうと思っています。




(c) 甲斐八雲

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