ただ彼女を愛していただけです

「ちょっと待ってよフレア? どう言うこと?」

「ごめんなさいアーネス」


 深々と頭を下げる彼女は、戸惑い声を上げる幼く見える婚約者に何度も謝り続ける。

 ようやく前線から帰って来て、どうにか面会の時間を得たと言うのに……出会い頭に言われた言葉が彼女からの『婚約破棄』だったのだ。


 納得など出来る訳がない。理解など出来ようがない。

 だからアーネスは食い下がるしかない。自分の気持ちに嘘偽りはないからだ。


「どうして? フレア?」

「……」


 涙を溢して詰め寄る彼に、訳を話さず納得させるのは無理だとフレアは判断した。

 こんな時ばかりは、自分の冷静に判断を下せる神経が嫌になる。


「私は貴方に相応しくないからです」

「だからどうして! むしろ相応しくないのは僕の方だよ! 僕は一般の出で家柄も何も君と比べたら不釣り合いだ」


 いつも胸の内に抱いていた不満を彼は口にした。

 不釣り合いなのは自分の方だ。上級貴族の令嬢で、何より綺麗な彼女は自分には似合わない。

 高嶺の花と言うのは彼女のことを言うはずだ。


「違うのアーネス。私は貴方を裏切ったの」

「裏切り?」

「ええ……私はこの遠征で不貞を働いた。貴方にあんなにも我慢を強いて来ていたのに、そんな私が他の男性と寝たのよ。こんな裏切りをした私は貴方に相応しくない」


 顔色一つ変えずにフレアはそれを彼に告げた。

 酷いことを言っているはずなのに……もう心が痛まない。

 壊れた心は痛みすら感じなくなったようだ。


「そん……な」


 ガタッとよろめいて彼は片膝を着いた。


「ごめんなさいアーネス。だから私は貴方に相応しくないの。ごめんなさい」


 深々と頭を下げてフレアはそう彼に告げ続けた。




「お父様?」

「おうクレア。元気か?」

「……」


 応接室の椅子に腰かけ手を振って来る存在を見つめ……反射的に腕を組んでいた相手を引っ張り一度廊下に出たクレアは、彼の衣服を整えて確認する。


 新年の儀式で一番に結婚申請書提出した2人は間違いなく夫婦だ。何をしても問題は無い。

 だが流石に夫の首にキスマークがついてたりするのは問題がありそうだ。


「どうかしたのか?」


 だが父親は追って来た。扉を開いて顔を出して来た。

 思わず扉を閉めようとしたが、咄嗟にイネルが彼女を制した。


「お久しぶりです。お義父様」

「ああ。どうも君の方が確りしているな。こんな頭の足らない娘だが任した」

「はい。でもクレアは確りとした良い人です」

「そうか」


 彼女の父親……ケインズは笑うと、娘の夫となった者の頭を撫でて『出かけて来る』と言ってイネルの腕を引っ張って行く娘の姿を見送った。

 今後自分がこの屋敷に住むとなると、あの可愛らしい夫婦の住まいをどうにかしないと……などと考え、彼はまた応接室へと戻る。


 老いたとは言え激動の20年を前王たるウイルモットと共に支えた古参の将の1人だ。

 彼自身まだ現役でも十分やれると信じているが、親友から『息子を支えてやってくれないか?』と頼まれて断り切れなかった。何より妻も呼び寄せ王都でのんびりするのも悪くないと思ったのは、それ相応に老いたのかもしれないと実感した。


「失礼します。旦那様」

「何だ?」

「ハーフレン様がお越しになりました」

「そうか。通せ」

「はい」


 恭しく一礼をして立ち去るメイド。しばらくすると彼女は1人の人物を連れて戻った。


「久しいなハーフレン」

「はい。ケインズ小父さん」

「俺を小父さんと呼ぶとは……お前も変わらんな」


 立ち上がり王子と握手を交わし、ケインズはまた椅子に座り直した。


「飲み物は酒にするか? それとも茶か?」

「小父さんと同じ物で」

「ならワインだな」


 言ってメイドに準備させる。


 昼間から酒と言うのは不謹慎かもしれないが、封が閉じられている飲み物を出すのはこちらに敵意は無いと示す行為でもある。何より自身も同じ物を飲んで毒が入って無いことを証明するが。

 グラスにワインを注いで、ケインズは自ら先に口を付ける。


「それでハーフレン」

「はい」

「今日は別に宮廷魔術師になった祝いで来たわけじゃないだろう?」

「それも兼ねてます。遠征中で知りませんでしたが、祝いの品は後で」

「別に要らんよ。何か送りたいなら美味いワインでも寄こせ」

「分かりました」


 余り変わらない叔父のように慕う相手に、ハーフレンは覚悟を決めた。


「今日はお願いに来ました」

「ほう」

「……フレアを自分の側室にしたいのです。どうか許しを」

「断る」


 迷うことなく彼は告げて来た。

 だがその表情は相手を試すかのようにすら見える挑戦的な物だ。


 前線を走り回って来た彼を説得するのはやはり難しい。

 一筋縄ではいかない相手を前にハーフレンは迷うことなく続ける。


「自分には彼女が必要です」

「捨てた女をか?」

「ええ。ですが自分は一度も彼女を捨てたと思っていない」

「ほう」


 腕を組み笑みを浮かべる老将に、若き王子は逸る気持ちを押さえつけた。


「ただ彼女を愛していただけです」

「口では何とも言えるな」

「ええ」


 ニヤリと笑いケインズはワインに手を伸ばした。


「ならどうして結婚などした? フレアをあのまま正室候補とし、結婚すれば良かったろう?」

「違います小父さん。結婚したからこそ彼女を得たいのです」


 興味を覚える言葉であった。だからケインズは当然な質問をする。


「その意味は?」

「はい」


 深く頷き彼は思い口を開いた。


「自分の母親は正室であるが故に幾度となく命を狙われました。そして自分はこの国の次代の王子を作ることを科せられています。もしそれを知った愚か者が居たとしたら……誰を狙いましょうか?」

「王子が居れば王子を。だが居なければ……」


 薄く笑ってケインズは息子のように可愛がる相手を見た。


「まずは正室から殺すだろうな」


 彼の言葉にハーフレンは頷いた。

 それが彼が学んだ現実なのだ。




~あとがき~


 Main Storyはこれにてまたお休みです。


 結構ブラックな発言で終わってますが…ハーフレンの真意は続くのでしばらくお時間のほどを。


 やり方としては色々と間違ってますけどね。コンスーロの指摘が正しいのかも。

 色々と選択を間違い続ける人っているじゃ無いですか? グローディアもその傾向が強かったけど。

 想いが強すぎるあまりに周りが見えてないというか…って、こんな状況で嫁をコスプレで玩具にして先生に往復ビンタを食らっている主人公がどうこう出来るのかね?


 そんなこんなで8話しか無い割には恐ろしいほどフラグ立てまくりの本編でした。

 次話から過去編追憶②が始まります。


 あの日を迎え…多くの子供たちが発狂した事件の後始末に奔走するハーフレンたち。

 だが彼らもまた発狂した子供たちの一部であった。


 こんな感じで、またシリアス路線で頑張ります!




(c) 甲斐八雲

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