大人の階段は昇ったの?

 フレアは何も分からずにベッドの上で両膝を抱いて座っていた。

 窓の外に目を向ければ……フワフワと白い雪が舞っている。

 それを見つめて数えきれないほど吐き出したため息を、また口にした。


 自分でも理解出来るのは、師である彼女が『禁忌』に触れる魔法を作り出したと言うことだ。


 そしてその魔法の正体をフレアは知っている。

 封鎖される前に研究室から持ち出した私物と数枚の紙。それは師である彼女が自分に残してくれた武装"影"の使用方法と……封じられている術式プレートの正体だった。


 一度だけ使用出来る終末魔法"腐海"の起動に用いる詠唱……つまり魔法語だ。


 でもそれが自分の手の中にあると分かっていてもフレアには分からなかった。

 普段やる気が無さそうに椅子に座ってプレートを刻んでいた彼女は、こんな恐ろしい魔法を作り出すような性格など持ち合わせていない。

 周りにはどんな風に映っていてか知らないが、彼女はとにかく優しい人なのだ。


 そんな魔女は極秘裏に幽閉され、ハーフレンも所在を知らないと言う。

 唯一知り得たのはメイド代わりにミローテが供をしていることぐらい。彼女はその地位を得る為に実家に『わたしのことは死んだと思ってください』と言う内容の手紙を送りつけたそうだ。


 もし自分もそれぐらいのことが出来れば師と共に居られたのか?


 考えてフレアは頭を振った。

 自分は師より彼を選ぶ。それは分かり切ったことなのだから。


「……書き写しでもしよう」


 師を失っても日課を止めることは出来ない。

 フレアはベッドを降りて机へと向かう。


 窓の外は雪が降り続き止む気配はない。


 机に辿り着いて軽く上を掃除する。広げられたまま魔法式に目を向ける。

 グローディアから贈られた本の間に挟まっていた自重操作の魔法だ。


「グローディア様なら先生のことを知っているのかな?」


 無理だと分かっていても呟かずにはいられない……それがフレアの心情だった。




「これで良いはずよ」


 自分の部屋の中に……床一面に描いた魔法式に目を向けてグローディアは額の汗を拭った。

 自分が調べ纏めた物を魔女が見て描いてくれた魔法式。それから何日も研究を重ねて実行に耐えられる物が出来たと自負している。


 故にもう迷わない。これが最初で最後だ。

 仮に失敗すれば終わりだ。協力してくれた魔女は何処に居るのかグローディアですら調べられなかった。

 生きているはずだ。あの能力を失うことは国として考えられない。


「後は足らない魔力をどうするか」


 その解決方法は王城の封印倉庫の中に存在している。

 後は決行するだけだ。




「ブシャールに?」

「ああ。兵が足らず物資の輸送にどうしてもな」

「ご命じ下さい我が王よ」

「良いのか?」

「はい。ブシャールに居る者たちに少しでも食べ物を運んでやらなければ」


 苦々しく申し出て来る国王に、ハーフレンは努めて笑顔で応じる。


「それにもう間もなく新年です。祝いの酒ぐらい届けてやりましょう。勿論こっそりと」

「そうか。頼んだぞハーフレン」

「はい」


 突然の大雪で交通網が寸断されつつある。

 それをカバーする為に、近衛見習のハーフレンたちにも仕事が回って来た。そうしなければ戦線の維持が出来ないほどユニバンスは窮地に立たされていた。




「この雪の中ブシャールに行くとか自殺行為だね~」

「お前も行くぞ」

「そうそうっておいっ!」


 今日も無駄に元気な小柄な彼女が吠えた。

 最近はメイド長の拷問……鍛錬に耐えられるようになったミシュエラだ。


「何でさっ!」

「念の為だよ」


 降りしきる雪をフード付きのローブでしのぎながら、ハーフレンは馬を操り屋敷へと向かう。

 そんな彼の背中に自身の背中を預けてミシュエラも座っていた。


「俺たちは素人だらけだ。たぶん行軍と運送で注意力が減少する。そこをお前に見張って欲しい」

「あの~。本気で面倒臭いんですけど?」

「今回はちゃんとした任務だ。来れば給金が出る」

「このわたしは決して金で動く安い女じゃ無いけど……あの化け物から解放されてのんびりするのも悪くない。行くよ」

「どうも」


 パカパカと蹄の音を響かせて馬は通りを進む。


「で、王子さん」

「ん?」

「あれよあれ。許嫁だっけ? それに今回のことは言ったの?」

「まだだ。今日命じられたからな」

「ふ~ん」


 鼻を鳴らしてミシュエラは空を見る。


「戻って来たら結婚しようとか言うなよ? たぶん死ぬから」

「……一緒に行くと言って泣きだしそうでそっちが怖い」

「あはは。良いお嫁さんだね。今度会わしてよ?」

「メイド長が許したらな」

「……遠慮しま~す」


 ミシュエラがフレアに会うことをメイド長は固く禁じている。

 理由は簡単だ。自身が愛して止まない彼の傍に女性が居ると知ったら……たぶんフレアが悲しむ。そして体調を崩し床に伏せている王妃様がそれを知って悲しむ。結果メイド長がミシュエラを殺したくなると言う訳の分からない理論からだ。


「まっ頑張れ王子」

「ああ」




「……」

「あのなフレア?」

「……」


 黙して視線で脅して来る相手にハーフレンはやれやれと肩を竦めて頭を掻いた。

 今夜の彼女は雪降る夜に似つかわしくない薄着姿だ。相対するハーフレンも薄着である。


 ブシャールへの輸送任務を知ったフレアは案の定泣き叫び『一緒に行く』と言い出した。

 それをどうにか説得する為に交わした約束が……ハーフレン的には意味が分からない。


『ならフレアをハフ兄様のお嫁さんにしてください!』


 一度認めていることだから彼はその申し出をあっさり承諾した。

 だが彼女の言葉は続いた。


『ちゃんとお嫁さんみたいに……一晩中……してください!』


 顔を真っ赤にして泣き叫ぶ彼女の思考が正常かハーフレンは心の底から疑った。

 だがそれを聞いていたメイド長が気を利かせて……ベッドの上で薄着姿と言う状況になった。


「お嫁さんにしてくださいっ!」

「意味を理解しているのか?」

「知ってます! ちゃんと学院で習いましたっ!」


『何を教えているんだあの学院は?』とハーフレンは心底呪った。

 だが薄着姿の彼女が寒そうにしているのを、ずっと見ている訳にもいかない。


「明かりは消すぞ?」

「……はい」


 恥ずかしさから消えてしまいそうな声を発し、フレアはベッドの上に転がる。

 ランプを消して彼女の隣で横になったハーフレンは、そっと大切な存在を抱きしめる。


「心配するな。直ぐに帰って来るから」

「……」


 震えている少女の瞳を見つめ、彼は彼女の額にキスをした。


「大丈夫だ。フレア」

「……子ども扱いは嫌」


 そっと伸びて来た手がハーフレンの頬を捕らえる。

 目を閉じて迫って来たフレアの唇が……ガチッと歯がぶつかり合い激痛に2人は口を押えた。


「まだ早いってことらしいぞ」


 痛がる彼女を捕まえてハーフレンはそのまま抱き寄せる。

 離せと言わんばかりに抵抗するフレアだったが……次第に動きを止めて甘えだした。


「お休みフレア」

「……はい」




「で、大人の階段は昇ったの?」

「相手の齢を考えろ」

「ですよね~」


 ケラケラと笑いながら見張りの為にミシュエラは1人先行する。

 大きく息を吐いて頭を掻いたハーフレンは、部下や荷車に対して進むように命じた。


 ただ彼は気付かなかった。

 そして運悪く彼女は魔法使いだった。


 見かけた者は、『流石ハーフレン様だ』と彼が連れて来たものだと思い込んでしまったのだ。

 魔法使いたちの間で、武装"影"を抱いてちょこんと座っているフレアの存在を彼が知るのは、引き返すのが難しい距離に来てからだった。




~あとがき~


 追憶①の最終話となります。


 そしてあの日へと繋がって行く訳です。

 読んでいる読者様たちはお気づきでしょうが、あの日…グローディアが異世界召喚魔法を使います。

 でも彼女は心の底から『リア伯母様』のことだけを望んでの行動だったんですよね。

 詳細と結果は追憶③にて詳しく。追憶②はあの日から例の施設を摘発するまでの話ですので。


 次回から少し本編に戻り、そして追憶②へと流れます。

 ①から②へと続けたかったんですけど、作者的に少し話を挟みたかったので。


 新年を迎えたアルグ&ノイエ夫妻は約束通りあの場所へ。

 新年の行事をサボって大丈夫なのか? 何より勝負で勝って得たお嫁さんへの権利の行使は?

 過去編のシリアスな空気を台無しにするのがアルグスタクオリティーですw




(c) 甲斐八雲

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