たまには本当の馬鹿になりなさい
「ハーフレンよ」
「はっ」
父親でもあるウイルモット国王に呼び出された彼は、膝を着いて首を垂れる。
まだ騎士でも無い自分が呼び出されると言うことは……特別な任務に違いない。
正式な任務である以上、普段通りの会話など出来ない。
国王と臣下……王子であってもその関係を覆す訳にはいかない。
「信の置ける部下を連れて学院へ赴け」
「はっ」
一度ウイルモットは息を吸い机の上に置かれている報告書を握り潰した。
「術式の魔女アイルローゼの捕縛を命ずる。これは厳命である。良いな」
「……はっ」
国王からの厳命に彼は唇を噛んで深く頷いた。
父親とてその場所に誰が居るのかを知っているはずだ。それでも命じたのは自分が適任だと判断したからに他ならない。
静かに出て行く息子の背を見つめ……ウイルモットは片手で顔を覆った。
魔女が提示した方法はある意味正しくてある意味間違っている。
だが彼女はまだ11の子供であることを考えれば……たぶん"人"と言う生き物を信じているのだろう。
(だが魔女よ。人は必ずしも大いなる力を得て恐れる者ばかりでは無いのだ)
魔女が作り出した終末魔法。それをユニバンスが持てば必ずや他国は連合を組み襲いかかって来る。何故なら魔法が恐ろしくもあり魅力的だからだ。
それを手に入れた国々は間違いなく他国へと侵攻する。
使われるくらいなら自分たちで使う。
他国よりも先に使用し国の中枢だけを潰して後を奪う。
その魔法を制御出来る出来ないでは無くそれを選び行動する……それが人なのだ。
「我が国は戦うことばかりに目を向けすぎて……子供らの心を育てることをして来なかった。そのツケがこうしてやって来たのだな」
苦笑し国王はただただ頭を振った。
争いが無くなり、平和な時代が訪れればと……そう願わずにはいられなかった。
「ハフ兄様?」
その姿を見たフレアは、つい呟いてしまい慌てて自分の口を塞いだ。
周りに居る野次馬たちから生温かな視線を向けられ……代表してリグが彼女の手を引いて前へと出ると、背後に回ってドンと突き出す。
転びそうになりながらやって来た少女を片手で受け止め、ハーフレンはその目を彼女に向けた。
「フレア。丁度良かった」
「はひぃっ!」
「……アイルローゼの研究室に案内してくれ」
「ん?」
最も師である魔女と無縁だと思っていた人物からの言葉に、フレアは小さく首を傾げる。
だが彼が正規の手続きを踏んでいるのは、制止しない衛兵を見れば明らかだ。
「こちらです。……王子」
「ああ」
相手をどう呼べば良いのか悩まされつつもフレアは彼とその部下を連れて歩き出す。
部下と言っても数人で、その中の1人はフレアも知るコンスーロだった。
意味の分からないままに案内をし、部屋に付いた少女はドアをノックして中へと入る。
「先生。ハーフレン王子がお越しになりました」
「そう」
素っ気なく返事を寄こし、アイルローゼは椅子に腰かける。
「そっちの道をやはり選ぶのね。我が国王様は」
「はい?」
「こっちの話よ。お通しして……貴女の良い人を一度見てみたかったから」
クスクス笑う師の様子に、顔を真っ赤にさせたフレアがドアを開けて外に居る者たちを中へ案内する。
ヅカヅカと入って来た彼らは、机を挟んで魔女の前に立った。
「術式の魔女アイルローゼだな?」
「ええ。貴方がハーフレン王子?」
「ああ」
「そう。貴方を迎えに寄こしたことを国王様に感謝すべきなのかしら?」
「どうだろうな。俺はしばらくフレアと口を利けない気がするよ」
「そうかも知れないわね」
クスクスと笑ったアイルローゼはゆっくりと椅子から立ち上がる。
と、同時にパンと手を叩いて魔法語を発した。
研究室の数か所から炎が上がり、ハーフレンの後ろで待機していた部下が腰に手を当てて前に出る。
だが第二王子は部下たちの動きを制した。
「慌てないで。ここを離れるのなら消しておきたい物があるだけよ」
「証拠隠滅の類では無いのだな?」
「ええ。ただあそこの壁の火は……それに類似するかもしれないけど、他にも見られたくない物が入っているから大目に見て頂けるかしら?」
「……分かった。何も聞かなかったことにしよう」
「ありがとうございます王子」
クスクスとまた笑い、魔女は理解出来ずに引き攣った表情を見せる弟子に目を向けた。
「フレア」
「……はい」
「王子を恨んではダメよ。すべて私が悪いのだから」
「……」
「この部屋が封鎖される前に自分の物を持って行きなさい。それとそこの武装の中から好きな物を持って行くと良いわ」
1歩引いてアイルローゼは自身が作り放り込んだ玩具箱を弟子に見せる。
「死ぬ訳では無いでしょうけど……形見分けとして渡しても良いかしら?」
「師が弟子に武装を渡すことに何の罪がある?」
「思いがけずに貴方が話の通じる人で良かったわ」
視線で弟子に『急ぎなさい』と促し、慌てて駆け寄ったフレアは箱の中からそれを手にした。
師である彼女が『初めて作った』と言う言葉がずっと気になっていた武装をだ。
「影を選ぶだなんて……馬鹿な子ね」
と、アイルローゼは弟子の頭に手を置いた。
「その影が貴女の心の闇にならなければ良いのだけれど……使いたいと言うなら持って行っても良いわよ」
クスリと笑い天才と呼ばれる"少女"は、自分と変わらない年齢の弟子を見つめる。
「でも気を付けなさい。それには試作品を封じてあるの。だからこそ貴女にあげるのだけれどもね」
ゆっくりと手を伸ばして魔女は弟子を抱きしめる。きっと彼女がそれを選ぶことは分かっていた。だからこそ一度だけの術式を封じてあるのだ。
そっとフレアにあることを耳打ちして……アイルローゼはゆっくりと離れた。
「いいフレア? 貴女は頭が良いからちょっとしたことで失敗するのよ。柔軟性が無いから」
魔女の表情はいつもと変わらない師の物だ。
「たまには本当の馬鹿になりなさい。そうすれば見る世界が変わるわ」
言って改めてフレアの頭を撫でる。
立ち上がった彼女はもうその顔を向けない。
フレアが誰の"正室候補"であるか理解しているからだ。
「ミローテ」
「ここに」
荷物を纏めた弟子が待機しているのを見て魔女は苦笑した。
「どうせ私はプレートに術式を刻む囚われの奴隷になるから、身の回りの世話をしながら手伝ってくれる人が欲しいわ。貴女が志願するのでしょう?」
「はい」
「王子様」
「……約束は出来ない。だが言うだけ言ってみよう」
「ありがとう」
左右を彼の部下に囲まれてアイルローゼは研究室を出る。
肩越しに呆然としているフレアを見つめ……ハーフレンは掛ける言葉を見つけられなかった。
赤毛の天才。術式の魔女。彼女を示す言葉は多い。
だがその日……彼女を示す言葉が追加された。
『最低にして最悪の魔法を作った魔女』と。
~あとがき~
こうして武装"影"はフレアの手の内に。そしてアイルローゼは捕らわれの身に。
アイルローゼの考えは、全世界に致死毒を配布して互いにけん制し合うことで戦争を抑止すると言う発想でした。これはウイルモットが言う通り、人と言う生き物が信用に値しないと成立しません。
ですがウイルモットは人と言う生き物をアイルローゼほど信じていませんでした。
そんな毒が配布されれば、どの国が一番に使うのか…そこに焦点が当たると分かっていたのです。
皮肉な物ですが…戦争が起こる度に世界は技術を高めます。
そんな環境下がアイルローゼの『腐海』を生み出したのです。
と言うか…物語が重いっす。
大丈夫みんな?
これはあのお馬鹿な小説『嫁ドラ』ですからね?
(c) 甲斐八雲
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