2人揃って最低ね

 ハーフレンの正式な"正室候補"となった彼女の生活は変わらない。

 今日も師である魔女の代わりに報告書を提出し、新しい依頼書を得て学院内を駆ける。


 だが今日は入り口で衛兵たちが騒いでいるのを聞き……足を止めて覗きに行く。

 この手の小話を師である彼女は息抜きで聞きたがるのだ。

 本当は自身の知的好奇心を満たすような遊びを欲するが、そんな遊びがポンポンと出来る訳も無く……こうして学校内を駆けまわるフレアは情報収集に余念がない。


 その気真面目さが今日は裏目に出ることとなった。

 衛兵たちと押し問答をしていた相手を知っていたからだ。

 否、王族を知る者ならば本来全員が知るべき存在だ。


「良い所に来たわフレア。ちょっとこの人たちに説明してくれるかしら?」

「……グローディア様。どうしてこのような場所に?」


 引き籠りの美姫。グローディア・フォン・ユニバンスを衛兵たちがどうした物かと制していた。


 クスッと笑った彼女は、その口を開く。


「貴女の先生は呼び出しても応じないでしょう? だからこちらから出向いて来たのよ」

「……」


 言ってることは事実だが、やってることは無茶苦茶だった。

 学生でも無い彼女が学院内に入ることなど普通出来ない。例外を除いて。

 グローディアはそれを察したのか、腰の飾りを手にして振って来る。


「王家、王族の者は"視察"と称すれば例外で学院内に入れる。さあフレア……私が誰かをこの衛兵たちに説明してくれるかしら?」

「……はい」


 彼女は彼の従姉だ。つまり現状このまま行けば、彼女は義理の従姉になる。

 何よりお古として数多くの魔法書を貰っている身としてはグローディアの言葉には逆らえない。


 フレアは急いで必要な書類を作成すると、グローディアの案内役として共に行動することになった。

 ただ彼女の行きたい場所は1つだ。


「可愛い義理の従妹が勉強している所を……私に見せてくれるかしら?」

「……はい」


 逆らうことなど出来ずにフレアは、グローディアを魔女の研究所へと案内した。




「初めましてね。貴女がアイルローゼ?」

「ええ」

「……まだ少女じゃないの」

「そうよ。11の子供よ」


 自身の椅子に座る魔女がクスクスと笑ってみせる。


 普段から年齢を忘れるが、術式の魔女たる彼女はまだ11歳の少女なのだ。

 だが彼女の偉業は数多く、11歳とは思えないほどの容姿で周りが勘違いをする。

 唯一弟子たちが、彼女の年相応の我が儘を一身に受けているから師の年齢を痛いほど理解していた。


 机を挟み睨み合う2人の美女に、紅茶の支度をしたミローテが最年少のフレアに救いを求めるような目を向けて来る。

 フレアは静かに年長の同級生から視線を背けた。


「自己紹介の1つでもした方が良いかしら?」


 進まない会話に先に動いたのは魔女だ。

 椅子から立ち上がると赤いローブの裾を手に軽く一礼をする。


「初めてお目にかかります。私が術式の魔女……アイルローゼです」

「これは丁寧に。私はグローディア・フォン・ユニバンス。王妹の長女よ」


 どうにか机の上にティーカップを置いたミローテが、グローディアの紹介に顔色を蒼くした。

 その気持ちは痛いほど分かるフレアだが……毒見も無しで出された飲み物を口にする王族は居ないはずだ。


「それで『引き籠りの美姫』と名高い貴女がどうしてここに?」

「『出ず症の魔女』に何度も面会を求めたのですが……噂通りのようなので仕方なく」

「あらごめんなさい。どうせつまらない魔法式を見せられて苦労話を聞かされるのかと思ったから……ついね?」

「でしょうね。自分が天才だからと謳い、そう告げていれば引き籠ってても不審がられないでしょうし」

「「ふふふ……」」


 はっきり言ってフレアは逃げ出したかった。

『ちょっと月一のあれが』と言って逃げ出したミローテがズルいと心底思った。

 まだ彼女はあれを迎えていないとフレアは知っていたからだ。


 バチバチと鋭い視線を向け合う2人の迫力に泣き出しそうなフレアに対し、アイルローゼはゆっくりと視線を向けた。


「フレア」

「はい」

「少し2人きりにしてくれるかしら?」


 ジロリとグローディアにも睨まれて、フレアは恐怖から『監視役』の役目を投げ捨てて逃げ出した。




 泣きそうな顔で駆けて行った少女の背中を見送り、アイルローゼはジロッと来客者を見た。


「脅し過ぎ」

「貴女が、でしょう?」

「私は弟子に優しい先生よ」

「毎日馬車馬のように働かされていると言ってたわよ?」

「それはこの国の支配階級が敵の攻撃を受けてばかりいるからでしょう?」

「「……」」


 睨み合ってから2人は同時に息を吐いた。

 分かっている。この国は、この世界は、呆れるほど腐っているのだと。


「それで用件は?」

「これよ」


 自身が書いた本をグローディアは机の上に置く。

 自分なりに考え綴った物は、これが限界だった。完成に至るまでには『本当の天才』の知恵が居る。

 だがこの魔法は完全なる禁忌だ。

 理解しているからこそ、今日まで相談することなく1人で考え続けたのだ。


 受け取った魔女は表紙を開いて……そして目を見開いた。


「貴女、狂ったの?」

「ええ」

「……」


 あっさりと認める相手にアイルローゼですら言葉を失う。


 書かれていた魔法式は召喚の魔法。

 それもたぶん召喚の魔女が用いていた『異世界召喚』の魔法式だ。


「これは国の禁忌。秘匿魔法の1つよ?」

「ええ。だから1人で研究している。知ったのは目の前の魔女だけ」

「……他に知られれば王族の者であっても絞首刑は免れないわ?」

「それが何? 私は自分が望む物を手に入れたいだけよ」


 目的を望む余りにグローディアは本質を忘れていた。

 それが分かるだけに……自分も『壊れている』とアイルローゼは痛感した。


「貴女が死んだら意味は無いでしょうに」

「……そうだったわね」


 思い出した様子で頷く相手にアイルローゼは息をついた。


 手に持つ本を最後まで目を通し……ペンを手にして走らせる。

 しばらくスラスラとペンを走らせて、アイルローゼはパタンと畳んで机の上を滑らせ持ち主に返す。


「理論上はそれで出来るはず。でもどれほどの代価を望まれるのか私にも分からない。それでもやるの?」

「ええ」

「そう」


 椅子から立ち上がり魔女は壁を叩く。

 衝撃で開いた扉の向こうから1冊の本を手にするとそれをグローディアに向けて差し出す。

 意味も分からず受け取ったグローディアは、表紙を開いて内容を見て顔色を蒼くした。


「貴女……これは?」

「最低で最悪の魔法よ」


 鼻で笑い、魔女は壁に寄りかかった。


「私はそれを国王様に報告して……たぶんこの地位を失うわ」

「どうして?」

「さあ? でももしその魔法を国王様が公表する勇気があれば戦いは終わる。誰も世界を滅ぼす魔法を持つ国を攻めようとは思わないでしょう? 何なら全ての国にその魔法を公表しても良いくらいよ」


 クスクスと笑いアイルローゼは相手を見た。


「そうすればもうどの国も動けなくなる」


 終末魔法を戦争の抑制に使う……その突飛な発想はアイルローゼぐらいしか出来ない思考だ。


「それを公表すれば私も咎人よ。2人揃って最低ね」

「ええ。でも……」


 本を畳んでグローディアは魔女を見た。


「互いの馬鹿な魔法が幸せを作れれば良いわ。私はそう願う」

「私もよ」


 魔女はクスッと笑った。




~あとがき~


 本当の意味で遂に動いたグローディア。

 フレアの苦労属性ってこの頃から磨かれていたんですね。


 互いに禁忌に触れる魔法に手を染めた2人。

 仲が良いと言うよりも共犯に近い2人の絆はこうして生まれた訳です。


 ちなみにグローディアとアイルローゼは同じ師匠の下で学んだという経歴があります。

 グローディアは幼い頃にその人から魔法を学び、後に引き籠りの道へ。

 アイルローゼは王都に来てから学院でその人から学び、『これ…俺が育てる必要無くない?』ってことで研究室を与えられた経緯があります。

 時期が重なって居なかったのと、お互いがそんな些細なことを調べるタイプでは無かったので…2人がこの事実を知るのは施設に入ってからです。


 追憶②で2人の先生が出て来ますし、実は本編でも主人公の魔法の先生として存在だけは出てました。

 王族のグローディアに魔法を教えられると言うことで、それなりに地位を持った人ですよ。

 ただしその設定を見つけた瞬間…久しぶりに作者がム〇ク状態になったのはここだけの秘密ですw



 そして…時だけが確実に進んでいきます。




(c) 甲斐八雲

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