大きくするから見て欲しい
「久しいな。ユニバンスの第三王子よ」
「おや大将軍。元でしたっけ? ぷぷぷ~」
「……相変わらず性格の悪い奴だな」
「失礼な。そっちがノイエに喧嘩を売ったのが全て悪いのです」
「……そうであったな」
荷馬車の荷台に横たわっている大将軍(元)が生暖かい視線を向けて来る。
本当に失礼な奴だ。でも周りの視線も何故か生暖かい。
皆おかしくない? どうしてそんな珍獣を見るような目を向けて来るの?
まあ良い。凡人には僕らの仲の良さを理解出来ないのだろう。
ノイエに抱きかかえられて大将軍とは違う荷馬車へ運ばれる。
お尻はもうズルズルだし、何より全身筋肉痛と全身打撲で、僕は自力で歩くことなど出来ない! ならば最も信頼し、愛している人に運ばれる幸せを甘受するまでだ!
「アルグ様。大丈夫?」
「うん」
「隣」
「はいはい」
荷台に登って来たノイエが隣に座り抱き付いて来る。
もうこのまま天国に向かうことになっても僕は文句を言わない。
「おうアルグよ」
「どうした馬鹿兄貴?」
「一応挨拶にな」
後始末の関係で馬鹿兄貴はブシャールに残るらしい。
ついでに言うと、王都からの援軍を待ってそのまま帝国領に攻め込むが。
「僕は帰ると事務仕事の山を相手にすることになる訳か……途中で逃げ出しても良い?」
「まっすぐ帰れ。ついでにこの書状を親父に渡せ」
「使いっパシリかよ」
「頑張れよ」
「へいへい」
荷台に作られたクッションに全身を預けて目を閉じる。本当に色々と辛い。
「残るのはフレアさんだけで良いんだよね?」
「ああ。ミシュは王都からの伝令に使われるだろうから連れて行け。ルッテはその目が確認で必要になる。後で呼び寄せることになるが今は連れて行け」
「ん。で、ドラゴン退治を終えたノイエは必要無いね」
「そう言うことだ。ってバージャルの方のドラゴンは一掃したのか?」
「知らない」
包み隠さない正直な言葉に、馬鹿兄貴が睨んで来た。
「お前?」
「中型は倒したよ。後は小物はモミジさんでも倒せるしね。
一応うちの大将軍にも指示を出したしってノイエ? なぜ脇腹を抓ってるの?」
プルプルと震えたお嫁さんが頬を膨らませて……あら可愛い。
「アルグ様。嘘を吐いた」
「吐いてません」
「むっ」
拗ねるノイエの頭を撫でて……うおっ! 全身がっ!
「帰ってから確認はするよ。まあバージャルは絶対に破られてないだろうけどね」
「賭けるか?」
「賭けましょう」
「何を?」
僕の勝ちは確定だから、
「もし破れて無かったらミシュとマツバさんの結婚を、国の行事として執り行うってことで」
「ちょっと待て糞上司! 私の人生を勝手に!」
「オーガさん。その豆粒を黙らせておいて」
「……名前で呼びな」
ミシュの悲鳴が轟いて、馬鹿がお手玉のように宙を舞った。
馬鹿兄貴が呆れてこっちを見ているが、頭を掻いて気持ちを入れ替えた様子だ。
「まあ良い。そっちはお前の管轄だ。王都に戻って勝手にやれ」
「ほいな。そっちも頑張って」
「ああ。フレアにヤージュとか言う男も居るから、楽は出来るがな」
やる気が無さそうに手を振って馬鹿兄貴は離れて行った。
で、次の問題は……。
「ノイエ」
「嘘を吐いた」
「吐いてません」
「アルグ様、倒してない」
「うん倒してないよ」
拗ねたノイエがこっちを見て来る。
「ノイエ」
「はい」
「勝負の方法は何だっけ?」
ビシッとノイエが僕を指さす。
「ドラゴンを倒して、会いに行く。早い方の勝ち」
「その通りです。で、どこに『全部』なんて決まりがあった?」
「……」
増々膨れたノイエが拗ねる。
図星を突かれて、やり場の無い怒りに身を焦がしているのだろう。
「だから僕はドラゴンを倒してからノイエの元に向かいました。全部は倒してないけどね。
それでも嘘を吐いたって言いますか?」
「……知らない」
プイッと顔を背けて、ノイエは僕の隣でふて寝した。
昨晩は僕のお尻の傷をずっと冷やしてくれたりして、ノイエは余り寝て無いしね。
でもこのまま拗ねているのはつまらない。王都までの帰路が暇になる。
「ねえノイエ」
「……」
「もし勝ったらどんなお願いをする気でいたの?」
と、彼女がこっちを見た。
「見て貰う」
「はい?」
「アルグ様に毎日見て貰う」
グイグイと迫って来る彼女が、僕の額に自分の額をくっ付けてくる。
「見て貰う」
「どこを?」
「……」
何故かノイエは視線を彷徨わせてから、また頭突きをして来た。
「胸」
「待てノイエ。僕は腰のくびれが好きだ」
「嘘」
「何故に即答!」
「アルグ様はいつも女の人の胸を見てる」
「……」
はっ! そう言われれば確かにっ!
だがあれは確認のために見るだけでそれ以降は見ていない。
何故なら僕は腰のくびれが好きだから!
「大きくするから見て欲しい」
「それはダメだノイエ」
「?」
全身痛を無視して、僕はノイエの肩に手を置いた。
「ノイエの胸は今が最高なんだ。それ以上でもそれ以下でもない。今が良いんだ」
「……」
「ノイエが望むのなら毎日でもその胸を見よう。でも大きくなんてしなくて良い。分かったね?」
「……はい」
ちゃんと説得して納得させた。
機嫌を直したノイエに抱き付かれ、僕らは降伏した帝国兵と大将軍を連れて王都へ向かい移動を開始した。
ユニバンス王国バージャル砦
「あ~っははっ! 何だいこの腰抜けども! そんな所から眺めているだけで満足なのかいっ!」
共和国の軍を前に啖呵を切る少女の様子に……大の大人たちが尻込みして動けずに居る。
動きやすくする為に衣服を裂いて露出を増やした少女は、何故か後方に居る兵たちの声援で調子に乗り続ける。
「この腑抜けどもめ! 腰抜けにもほどがあるぞ! 男であるなら掛かって来い! それともその腰の物はお飾りなの!」
カタナを振るい少女は笑う。
「近づけばわたしが刻んで殺してあげるから……尻を振って掛かって来な!」
高笑いを続ける少女に、共和国の兵たちは怯えて動けずに居た。
何より彼女が椅子代わりにしているドラゴンの死体を見て、挑める者など共和国には居なかった。
こうしてバージャル砦は睨み合いが続いた。
(c) 甲斐八雲
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