止まれ

「こっちは次の準備で忙しいのに……あの馬鹿夫婦は、何であんな場所で乳繰り合ってるんだ?」

「……アルグスタ様ですから」

「納得だな」


 ハーフレンは大きく頷いて急ぎ着ている服を整える。


「あの大将軍に会うぐらいなら完全武装でも良い気がするがな」

「ふざけないでよ」

「へいへい」


 軽口を叩いて、これまた急遽正装したフレアを伴い臨時で準備した応接室へと向かう。


「さてと。こっからは言葉の喧嘩だ」

「はい」

「……最近だとアルグの担当な気がするんだがな」

「連れて来ますか? 隊長が暴れますよ?」

「止めとくよ」


 笑いハーフレンは足を進める。


「今日ぐらいは存分に甘える権利があるさ。あの2人には、な」

「そうですね」


 柔らかく笑ってフレアもチラリと窓の外の様子を伺う。

 夫に抱きしめられて身動きが取れない妻は、開き直って眠った様子に見えた。


「後でミシュにでも回収を命じて下さい」

「そうだな。まっ今はあのままで良いだろう」




「イタタッ! もう少し丁寧に巻きな!」


 手首に巻かれる包帯に、オーガの大女が顔をしかめる。

 固定の為に強く巻いていたルッテは、その反応に目を白黒させた。


「ふええ! でも固定しないと意味が無いですよ!」

「はん? 骨なんてもんは、何日かすれば勝手にくっつくだろう?」


 とんでもない言葉をルッテは耳にした。


「……ミシュ先輩っ! こっちにも先輩と同じくらいの変態さんがっ!」

「それと一緒にしないでくれるかな! それに私は変態じゃ無いし!」

「そうだ。アタシはあんな豆粒な生き物じゃないよ」

「「あん?」」


 巨体と小柄が睨み合う。

 真ん中に立つルッテは、オロオロしたままで止まらない。


「あ~え~。落ち着きましょう! 落ち着いて……ってミシュ先輩! 服を頼んだのに何故にカーテン!」

「そんな大きい服がある訳ないじゃん」


 ほぼ半裸の相手にカーテンを投げつけて、ミシュは踏ん反り返る。


「せめて人の大きさじゃないと無理! つまりあれは人じゃない!」

「言ったろう? アタシはオーガだよ。人に似ているが人じゃないよ」

「何だい。ならこれから1人寂しく生きて行くんだね! 人じゃ無いしね!」


 突然嬉しそうに笑い出したミシュが、バンバンとオーガの腕を叩く。

 骨折だらけの腕を叩かれ眉をしかめるトリスシアは、ひじ掛け替わりにミシュの頭に肘を置いた。


「勘違いするんじゃないよ。アタシたちオーガの作りは意外と雑なんだ」

「おもっ!」


 興味を持ったルッテはうずうずと体を揺らす。

 自身の好奇心に彼女は負けた。


「……あの~作りが雑って?」

「あん? だから相手を選ばないって話だ」


 潰されかけたミシュが根性を見せてオーガの腕を持ち上げる。


「つまり犬でも馬でも!」

「……可能だけど相手ぐらいは選ぶよ!」

「うげっ」


 押し潰されて馬鹿が消えた。


「男の人とだったら、誰とでも大丈夫ってことですか?」

「そうなるね。まあアタシはまだ戦っていたいから……」


 チラリと外に目を向ける。

 抱き合ったまま地面に転がり寝ている夫婦を見つけた。


「今はまだ良いよ」

「そうですか」


 返事をするルッテだが、彼女的には早く結婚したいので……縁遠そうな2人から静かに離れた。




 翌朝、撤収準備が進む状態の中……ミシュは欠伸を噛み殺して歩いていた。

 あの馬鹿上司が、一日近く走り続けると言う暴挙に付き合った巨躯の馬の脚が心配になったのだ。


 昨日触った時は足に熱が宿り危ない状態だった。

 兵に命じて一晩中水で冷やしたが、たぶん数日以上は走らせることも歩かせることも難しい。


 馬小屋に向かうミシュはまた欠伸をする。

 昨日はだいぶ無茶な祝福の使い方をしたので、今朝は体がギシギシと悲鳴を上げている。


(休暇が欲しい。出来たら若い男性に囲まれた幸せな環境で)


 叶わぬ夢を胸に秘め、ミシュは建物の角を曲がった。


「……ありがとう。でも無理のし過ぎ」


 見慣れた後ろ姿のはずだった。

 だがその髪の色が違う。綺麗な栗色をしているのだ。


「刻印を刻んだから数日はここでのんびりしてなさい。そしてまた戻って来たら……この子を宜しくね」


 巨躯の馬の鼻面を優しく撫でている女性は、間違いなく隊長のノイエのはずだ。

 理解出来ない現状に、ミシュは反応が遅れた。


 ゆっくりと振り返った隊長らしき何かが……ミシュの存在に気づいて驚きの表情を見せる。

 だがそれ以上に驚いたのはミシュだった。


「その目っ! 刻印のっ!」


 絶対に使わない自身の祝福の使い方を実行に移そうとして、ミシュは体重を後方に傾ける。


 主人には祝福は目に見える範囲でしか飛べないと伝えてある。

 だが実際は違う。全方向に飛べる。

 ただ見えない後方に飛ぶことは危険を伴う。もし後ろに何かあったり、誰か居たら……どんな惨事が生じるか分からない。だがミシュは迷わなかった。


 計算外は、相手の指が虚空に"術"を刻んでいたことだ。


「止まれ」


 そして時が止まった。




(困ったわ。気配を出さずに歩いて来るなんて知らないし)


 ノイエの体を動かす者は、頬に指をあてて首を傾げる。

 少し悩んでから歩いて小柄な女性の前に立つ。後方に飛び出そうとしている様子で固まっている小柄の女性を軽く撫で回す。ビックリするくらい小さい。


(祝福で体に無茶をしたって感じね。これはもう育たないか)


 触診の結果は残酷だ。だが今は関係ない。

 軽く目を伏せて、小柄な女性の額に指をあてる。軽く刻んで術となす。


(記憶を少し消しましょう。これで万事解決)




「うわっと!」


 不意に体が後ろに倒れるのを感じ、ミシュは焦って後方に飛ぶ。

 正座の姿勢で地面に膝を着いて……何が起きたのか考えた。


 馬の様子を見に来て、角を曲がってからの記憶が無かった。


「疲れてるのかな? 歩きながら寝た?」


 自分の身に起きたことに驚いていると、ふと目の前にノイエが来た。


「なに?」

「いいえ。馬の様子を見に来ただけです」

「そう」


 と、ノイエは辺りを見渡して軽く首を傾げると歩いて行った。

 そんな後ろ姿を見送ったミシュは、もう一度首を傾げて馬の元へと向かった。




(c) 甲斐八雲

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