……好き
「嘘だろう?」
「……」
目の前の状況を見つめ恐怖に震えるフレアは、自然とハーフレンにしがみ付いていた。
ノイエがドラゴンの背に拳を突き立てると、その拳を中心に……ドラゴンの体が抉れて飲み込まれて行ったのだ。
トンっと背を蹴って飛び降りたノイエだが、力を使い過ぎたのか地面の上を転がる。
だがドラゴンの消滅は終わらない。
それはあの日……ノイエとアルグスタの結婚式に見せた現象そのものだった。
あの時はノイエが投じたブーケによって、ドラゴンが消滅した。だが今回は彼女の拳によってだ。
1つ分かるのは、弟であるアルグスタが彼女に金色の何かを手渡したことでこれが生じたことだ。
ノイエ1人で使えるのなら既に使っているはずなのだ。
「中型1匹ぐらいならどうにか出来る訳だ」
「えっ?」
「あの馬鹿……たぶんとんでもない力を隠し持っているってことだよ」
そうじゃ無ければ納得が出来ない。
ハーフレンは呆れつつもフレアを抱きかかえ歩き出した。
「って揺らさないでよ」
「済まんな」
「もう」
新国王宛ての手紙を書かされているフレアは頬を膨らませ拗ねるが、それでも自身を抱える力強い腕に何とも言えない安心感を得ていた。
「でも内容はこれで良いの?」
「ああ。仕方ないだろう」
頷きハーフレンは、ノイエの元に向かっているオーガの姿に目を向ける。
全身から血を流しながらもドラゴンと対峙し死力を尽くしてくれた存在に、最大限の礼はするべきだと彼は思っていた。
「それにその内容なら親父は応じるさ」
彼の声と同時に、ドラゴンは何かに飲み込まれるように消滅した。
「アルグ、さま~」
「……」
目を回して地面の上に転がっている小娘を見つけ、トリスシアは何とも言えない表情を浮かべて苦笑した。
少し前に恐ろしいほどの殺気を放っていたことを思い出すと、本当は別の世界の生き物なのではとすら思えてしまう。
「アルグさま~」
「はいはい。分かったよ」
目を回しながらも彼女が求めている者はただ1人だ。
ノイエの体に腕を回して脇に抱え、トリスシアは歩き出した。
水を飲んでいる巨躯の馬の横を過ぎて向かった先には、これまた地面の上に転がっている馬鹿王子が居た。
「ノイエ~」
「アンタらはそれしかないのかいっ」
心底馬鹿らしくなって、トリスシアは脇に抱えている荷物を彼の上に落とした。
グェッと潰れた蛙のような声を発していたが、気にせずに歩き出して……適当な石に腰を下ろして椅子にする。
「ああ……疲れたね。全く」
大きく息を吐いて彼女は目を閉じた。
「ん~」
「あの~ミシュ先輩?」
「何だい後輩」
「わたしたちって何してるんですかね?」
「後始末」
言ってミシュは、軽い足取りで砦のある部分に向かっていた。
辿り着いた場所は完全に崩壊し、瓦礫の山となっている。
「さあルッテ! この中にある私の短剣を探せ!」
「無理です!」
「頑張れこの巨乳!」
「胸が邪魔だから無理なんですよ~!」
「にゃにうぉ~! 自慢か! 自慢なのか!」
ペシペシとルッテの胸を叩きながら、ミシュたちは増援が来るまで瓦礫を退かし続け……その下にあるはずの潰れた死体が無いと分かるまで醜い争いを続けた。
「ん?」
うわ……物凄く体が重い。あれだ。知らない間に重力が倍になったに違いない。
何より割れそうに全身が痛い。たぶんガラス細工のように全身がひび割れたかな?
馬鹿なことを考えつつもゆっくりと目を開けたら……世界で一番綺麗な女性が居た。
膝枕をしてくれているノイエが僕の顔を覗き込んでいたのだ。
「アルグ様」
「ノイエ」
「はい」
「僕の勝ち」
「……」
プクッと頬を膨らませてノイエが拗ねた。
笑ったりするのはまだ出来ないけど、頬を膨らまして拗ねるとか出来るのね。無表情だけどさ。
「僕の勝ちだよね?」
「……はい」
「ならノイエには、準備が出来たら……すっごいことをして貰うからね」
「はい」
拗ねたノイエが頷きながらも僕の顔を撫でてくれる。
ノイエの体温で良い感じで眠くなって来る。って、徹夜で爆走して来たのよね。眠い訳だ。
「アルグ様」
「ん~」
「……こっち見る」
両手で顔を掴まれて視線を固定された。
首がコキッと鳴りましたよお嫁さん?
少し強張ったノイエの表情が……僕ってば何か怒らせることをしたっけ? 勝負に負けたことを怒っているならお門違いだぞ?
「アルグ様」
「ふぁい」
「……」
お~いノイエ? 頬を紅くしてどうしたのさ?
「アルグ様!」
「はい」
「……好き」
「……」
あれ? 何だ? 今、一瞬僕の心臓が止まったぞ?
って頬を真っ赤にしているノイエが、普段の10倍可愛く見えるんですけど!
「えっあっノイエ?」
「……好き」
「……」
「アルグ様が好き」
「……あ~っ!」
無意識に叫んで起き上がって、ノイエを抱きしめていた。
「アルグ様?」
「ノイエ」
「はい」
「……ありがとう」
「……はい」
彼女も手を伸ばして来て僕のことを抱きしめる。
でもアカンのです。
僕の下半身は、特にお尻は終わっている。
「アルグ様? あっ」
コロンと後ろに倒れたノイエに乗りかかる状態になってしまった。
「ごめんね。もう体が色々と限界で……物凄くお腹がっ、むぐぅ」
ノイエに抱き寄せられて唇を塞がれた。
しばらくノイエの好きなようにさせたら、これでもかといっぱいキスされた気がする。
「ノイエ」
「はい」
「寂しかった?」
「はい」
キュッとノイエが抱き付いて来て甘えて来る。
やっぱり僕らって似た者夫婦なのかな?
「僕も寂しかったよ」
「はい」
「でも体が本当に限界なのです」
「……」
お嫁さんの恨めしそうな視線が痛い。
「休みを貰ったらいっぱいしようね」
「……はい」
と、ノイエがどこか不慣れな感じで笑って見せた。
ああ……ダメだ。僕は誰よりもノイエが好きすぎる。
彼女が笑ってくれるなら……どんな無茶でもしてみせよう。
ノイエを抱きしめて目を閉じる。もう無理っす。
(c) 甲斐八雲
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