たくさん来る
「ルッテからの報告はどうだ?」
「はい。『王都近郊にドラゴンの影は無し』だそうです。ついでに限界まで広げて貰ったけど、ユニバンス王国内に目立ったドラゴンの影は無いそうです」
「そうか」
国王執務室にやって来た僕は、お兄さんにここ数日で集めた事柄を報告する。
雨期だからドラゴンの数は減る……普段ならそれで片が付くはずなのだが、どうもいつもと雰囲気が違うらしくノイエがしょんぼりしまくっている。
楽しみにしているゲームが出来なくなった心境に似ているのだろう。
「アルグスタはどう結論を出した?」
「えっとですね……」
普段と違う質問に戸惑いながらも、秘書として連れて来たクレアに王国の地図を広げさせて持たせる。
両手で持たせて背伸びまでさせての体勢だ。
決して僕が真面目に情報収集している最中、大通りの喫茶店でイネル君の頬にキスしていたという報告を受けての腹いせでは無い。
僕とノイエがすると最近苦情が来ると言うのに……クレアとイネル君だと微笑ましいとはどう言う了見か国民に問いたい!
プルプルと震えつつも地図を掲げるクレアから視線を外し、一応基本的なことから説明をする。
「我が国にドラゴンがやって来る大まかな道筋は2つです。
大陸の北方から流れ込んで来たドラゴンを、共和国が兵を使い自国を通過させてこちらに流れ込ませる北東方面と、帝国で退治されなかった個体が流れ込んで来る北西方面です。
どちらも街道に砦を築き監視に当たり、もしドラゴンの大軍が来たらノイエを派遣することになっていますが……僕らの結婚式以降大軍の流入は無かった」
「その通りだ」
頷くお兄さんは悪くないんだけどね……落ち着いて考えると、共和国って滅ぼして良くない?
僕とノイエの結婚式の日にドラゴンの大軍が北東から現れて、パージャル砦から救援要請でノイエが文字通り飛んで行った。
あの当時はそんなカラクリを知らなかったが、今にして思えば腹立たしい結婚祝いだなマジで!
「北東のバージャル。北西のブジャールの両方の砦にも確認を取りましたが、両国からの大軍は押し寄せていないとの報告です。とすると……王都でノイエが狩っていたドラゴンは、別の道を通って来ていた個体や国内で生まれた個体と見る方が正しいでしょう。なら大国からのドラゴンは何処に消えたのか?」
「何が言いたい?」
促すような視線に内心で肩を竦める。
「ここからはあくまで推論です。で、その推論を確認している馬鹿兄貴がまだ来ないので答えだけ言うと、まあ良からぬことを考えているんじゃないんですかね?」
本当に嫌になるけどね。
「手に入れたかったドラゴンスレイヤーの入手は難しそうだ。何より立地に優れたユニバンスの国土も欲しい。ならどうするか? 攻め滅ぼして奪ってしまえば良い」
「それとドラゴン減少をどう結び付ける?」
何でしょう? 今日のお兄様は随分と質問が多いですね。
「集めて飼い馴らすのは無理でも足止めは出来ます。そしてそれを一気に走らせることも」
「つまり両国同時に我が国に侵攻して来ると?」
「それは僕の担当ではありません」
ドカドカと足音を立てて走って来た人物に場所を譲る。
ついでに両手両足をピンと張っていたせいで限界を迎えているクレアから地図を奪い、彼女はそのままソファーに追いやる。
現国王の隣にでも座ってお茶でも啜ってなさい。
「遅くなった」
「報告を聞こう」
食い気味のお兄様に馬鹿兄貴が頭を掻いてこっちを見た。
「……何処まで説明は終わっている?」
「粗方全部」
「なら話が早い。まず帝国の内乱は終わった。現皇帝派が勝って大将軍は僅かな手勢を連れて共和国方面へと移動したらしい」
「はっ?」
思わず声が出ちゃったよ。
ええ~。あの大将軍が負けるってどんなマジック?
「なんであの大将軍が負けたの?」
「……皇帝派は用意周到に準備していた。大将軍の主力を潰し、残りは各個撃破だ。その行動の様子から指揮を執ったのは帝国の軍師だろう」
「ていこくぐんし?」
「……後でフレアに説明させる」
『引っ込んでろ馬鹿』と念のこもった視線を受けて、僕もいそいそとソファーに向かう。
茶飲み爺と化しているパパンが僕の分の紅茶を注いでくれた。
ちなみにクレアは落ち着きを取り戻し、今自分が居る場所がどんな所かを思い出したのか……危ないほど汗を流している。
現国王と次期国王と近衛団長が居るくらいだけどね? 王家の人しかいないとも言うけど。
「敗軍の方はどうでも良い。ただ同時に帝国から共和国に対して働きかけがあったらしく、二国合同で兵を動かす気配がある。だが帝国は現在内乱後だ」
「主力は共和国か?」
「そうなるだろうな」
頭を掻く馬鹿兄貴がやれやれと肩を竦める。
つまりは戦争ですか? いつか起こるかもとは思っていたけどね。
「アルグ様」
「のわっ! ……ノイエ?」
突然僕の横にお嫁さんが姿を現した。
ちょこんと座って僕の飲みかけの紅茶を啜って赤黒い目がこっちを見る。
「ドラゴン」
「うん。居ないね」
「違う」
「はい?」
フルフルと動いているノイエのアホ毛に嫌な予感が。
「たくさん来る」
「「……」」
彼女の衝撃発言に僕らは自然と口を閉じた。
「あっちとあっちから」
嬉しそうに指さしたのは、北東と北西の方角だね。
あ~も~! 行動が早くないっすか?
「馬鹿兄貴っ!」
「分かってる。お前は部下を引き連れて動ける準備を進めろ」
「了解っ!」
クレアを脇に抱えて急いで自分の執務室へと向かった。
(c) 甲斐八雲
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