ドラゴンが居なくなった

 あ~。過ごしやすい良い感じの気温だ。

 ここ数日は暖かい日と寒い日が交互に来るくらいで、基本とても良い感じ。暖かい紅茶がとても美味しく感じられて幸せです。


 必死に現実から目を逸らして窓の外の薄い雲を見る。

 同室に居る2人の部下は書類の山に沈み……サルベージされるのを待っている。

 だが近寄ったら"仕事"と言う呪いを受けそうだから、心を鬼にして僕は身動き1つしない。


 だって書類がっ! 僕の机の上にも山のような書類が居座っているんだからっ!


 泣き出しそうな現実に……僕は紅茶を啜る。

 こうなった訳は、昨日行われた『第2回ノイエが居なくても大丈夫だよね?』のせいだ。

 結果としては『前回より遥かに良くなっていました』だった。


 でもまた人の壁を突破される事態が生じてしまった。僕が指摘した通りのことが起きたのだ。

 今回はノイエを待機させていたので、何かあったら彼女が飛んでいき鎮圧して回った。

 処理場に居たモミジさんはスパスパとドラゴンを斬り、どうにか処理能力は越えなかったらしい。

 ただ終わり間際にノイエが処理場に乱入してモミジさんと言い争いになった。


 お蔭でドラゴンの処理が滞り各部署からの苦情が僕の元へ。

 帰宅してからノイエに事情を聴いてみたんだけど、『大変だから』の一点張りだ。

 そう言われると何かこう……心に引っかかる物はあるんだけどね。何だっけ?


 今朝もフレアさんに事情聴取をお願いして、僕は書類の山と対面した訳です。

 余りの多さに反吐が出るわっ!


「失礼します」

「っと、どうだった?」

「はい」


 机の上の惨状に軽く頬を引き攣らせてフレアさんが部屋の中に入って来た。


「どうも隊長は、モミジのドラゴンの斬り方が気に入らなかったみたいです」

「斬り方?」

「はい。ちゃんと頭を斬って腹から裂いて欲しかったみたいで」


 どこの料理人ですかうちのお嫁さんは? 流石にドラゴンの血肉は食用では無いので……腹を裂く?


「あ~はいはい。納得」

「お判りになるのですか?」

「うん。ようやく胸のつかえが取れました」


 そうだ。どうしてノイエが見た目を怖がられてもドラゴンを引き裂くのか……それは全てに理由がある。


「そうなるとモミジさんには、首だけを刎ねて貰うしかないかな」


 本当にうちのノイエったら可愛いんだから。今夜は帰宅してから猫可愛がり決定だ。

 どうお嫁さんを可愛がるか悩んでいたら、少し困った様子のフレアさんが口を開いた。


「……アルグスタ様。もし宜しければ理由をお聞かせいただけますか?」

「聞いて馬鹿兄貴たちへの説明に回って貰えるなら良いけど?」

「……分かりました」


 チラリと書類の山を見た彼女は、面倒臭い報告の仕事を引き受けてくれた。

 たぶん妹の『助けてお姉ちゃん!』のジェスチャーにイラッとした訳じゃ無いと信じよう。


「普段ノイエが自分なりの法則でドラゴンを狩って捌いているのは知ってる?」

「法則……ですか?」

「まあ法則と言うか信念と言うか、ただのお人好しなんだけどね」


 思わず苦笑してしまう。落ち着いて考えるとノイエの優しさは分かりにくい。


「ドラゴンの皮って斬るの大変でしょ?」

「ええ。鎧や盾の素材にもなるくらいですから」


 我が国の特産品の1つになっているドラゴンの皮はとても硬い物質で、簡単に斬れない訳です。

 加工するにも特別な技術が必要だけど、それでも『断然軽い』と言う理由で飛ぶように売れる。


「で、それを処理場で解体する人は、鉈を振るったりして斬る訳です。だったら最初から斬れてた方が作業する人が楽でしょ? 自分は斬れる。他の人は斬れない。だから斬っておけば良いってね」


 僕の言葉に驚いたのかフレアさんが軽く目を瞠った。


「では隊長は、ドラゴンが嫌いだからあんな風にしていたのでは無いと?」

「おいコラちょっと待て。いくらフレアさんでも許せない言葉があるぞ?」

「失礼しました」


 素直に頭を下げて来たから許しますけど……でもノイエと長い付き合いのフレアさんですらそう思っているってことは、他にも似たように思っている人は多いのかもしれない。


「ちなみにフレアさんは何でそんな風に思ったの?」

「えっ? ええ。隊長が居た場所では『ドラゴンは皆殺し』と言う風に教育されていて……」


 と、一度言葉を切ってフレアさんが口を開き直した。


「そう言う報告を前の上司から」

「なるほどね」


 つまりは馬鹿兄貴が悪いと言うことか。今度何かしらの嫌がらせをしてやろう。


「つかノイエはドラゴンのことを何とも思わずに狩ってるからね」

「思っていない?」


 不思議そうにこっちを見るフレアさんにゆっくりと頷き返す。


「そう。ただ周りから倒すように命じられたから倒して来ただけ。ノイエから見てドラゴン退治は『仕事』である前に『生活』の一部なんだよね」


 ゆっくりと椅子を動かして窓の外へと視線を向ける。


「朝起きて食事をして、ドラゴンを倒して食事をして、ドラゴンを倒して食事をして、お風呂して寝る……それがノイエの今までの日常であり全てだった。でもそこに僕が加わったことで彼女の生活環境に狂いが生じたけど、でも基本にある思いに変化はない」

「隊長の思いですか?」

「うん」


 まっフレアさんなら言っても自分なりに飲み込んでくれるだろう。


「ノイエはただドラゴン退治が楽しいだけなんだよね」

「……」

「狩りを娯楽にしている人と同じかな? ただ楽しいから狩り続けている。それも毎日飽きずにやりたくなるほど」

「……つまり隊長は、純粋にドラゴン退治をして楽しんでいると?」

「うん。だって狩りをしている時のノイエってさ……凄く楽しそうなんだよね」


 まあ普通の狩りと違って、そんな風に思ってやれるのはノイエだからだけどさ。


「だからドラゴンを捌くのに優しさが出るのは……ノイエの性格もあるけど、楽しんで余裕があるから周りが良く見えてるんだよ」


 と、クスクスとフレアさんが笑い出した。


「失礼しました」


 まだうっすら笑う彼女はこっちを見て、


「そんな隊長を理解しているのは、アルグスタ様が隊長を見ていることが楽しくて仕方ないからでしょうね」


 褒め言葉として受け取れば良いのかな?


「だから『余裕をもって観察している』と?」

「いいえ。『妻の行動から目を離せない夫』でどうでしょうか?」

「どっちでも良いよ。だって僕はノイエを見ているのが好きだからさ」


 本当にノイエは見てて飽きないからね。




 雨期が始まった頃……アルグスタはしょんぼりして帰って来たお嫁さんに驚いた。

 彼女は言う。『ドラゴンが居なくなった』と。



 それがユニバンスに騒乱をもたらす前触れだった。




(c) 甲斐八雲

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