祝福の弱点

 ノイエ小隊の待機所にはちょっとした広場が存在する。

 普段は一般の兵たちが鍛錬などに使ったり、副隊長同士がいがみ合っていたり、巨乳の見習い騎士が公開で辱めを受けたりする際に使われている。

 最初の使い方以外は特殊だけど間々見られる光景らしい。


 踏み固められた土の上に立つのは大人しい色合いの不思議な衣服……着物を身に纏った少女だ。

 相対するのはノイエ小隊期待の巨乳……ルッテだ。

 彼女が手にする弓がキリキリと引っ張られて弧を描いている。


「はい。なら実験を再開しま~す」


 予定に無かった馬鹿王子の乱入でストップしていた実験を再開する。

 ただどこぞの馬鹿の我が儘により、最初からサラッと流してもう一度になった。


 僕のやる気のない掛け声に真面目な表情でルッテが矢を放つ。

 真っ直ぐ飛んで行った矢は、モミジさんの前で止まって弾かれた。


「ほう。なかなかだな」

「だね」


 感心する馬鹿兄貴をそのままに次なる指示を出す。


 一人だった射手が複数に増えて四方から矢が襲う。

 モミジさんは右手を上に掲げてその場にしゃがみ込む。

 結果放たれた矢がどれも寸前で止まって弾かれた。


「半円か?」

「みたいだね。囲まれた時はあんな風に使うと完全防御できるっぽい」

「なるほど。本当に盾だな」


 矢が通じないのが分かったから次なる攻撃の実験へと移る。


 そもそも馬鹿王子では無くて彼女の到着を待っていたのに、おまけで馬鹿が付いて来た感じだ。

 一応保護者である姉のカエデさんの許可を取ってあるから多少の無理は……軽く肩を回しながら不機嫌そうなフレアさんが出て来た。多少で済むのか?


「私の魔法は強化なのですが?」

「初歩だった放出系の魔法ぐらい使えるだろう?」

「……ええ」


 ため息交じりに魔法語を唱え彼女の右手に炎が宿った。

 軽く振りかぶって投げられた炎の塊は……ファイヤーボールの類に見えた。

 だがやはりモミジさんの前で半円の何かに弾かれて炎が後方へと流れて行った。


「凄いな」

「ん~」


 馬鹿兄貴は感心しているけど、何となく攻略法を見つけた気がする。


「ノイエ」

「はい」

「術は使える?」


 僕の腕にピタッと張り付いていたノイエが、軽く手を握って感覚を確かめ頷いて来た。


「ご飯ある?」

「あっちにお肉が上手に焼けてます」

「平気」

「だったら」


 耳に口を寄せて思いついたことを説明する。

 ただノイエの場合は長文はダメだから箇条書きのような説明で簡潔に。


「……分かった」


 本日までお休みなノイエは私服姿だ。

 待機所は最前線だから場違いに見えるけど可愛いから問題無い。


 動き出したノイエはモミジさんに向かい拳を構えた。そして軽く飛んで地面を殴る。

 衝撃で足場が崩れ揺れる中……慌てたモミジさんが目を閉じ、しゃがんで揺れに耐える。

 すかさずノイエが2撃目を放った。バランスを崩しているモミジさんの横を拳風が貫いた。


「はい上出来」


 流石うちのお嫁さんです。


 軽い足取りで戻って来たノイエの頭を撫でてあげる。

 地面に片膝を着いたモミジさんは心底悔しそうだ。


「今のは何だ?」

「ん? たぶんあの祝福の弱点」

「弱点だと?」

「そ。あの力は使用者の目の前で発動となっているけど、実際は目に見える範囲なんだと思う。だからその目が正常に機能できなくなったらどうなるかと思って揺らしてみた」

「その結果があれか」


 立ち上がったモミジさんがパンパンと膝の部分に付いた土を払った。

 物凄く不満そうな表情でこっちを睨んで来る。


「は~い。一回休憩します」


 パンパンと手を叩いて地面に転がっている矢を回収させる。

 使い捨てなんて勿体ないことはしません。全て国民からの税金で賄っているんですから。


 ノイエは僕の合図と共に鍋の前に移動して皿と匙を待って待機している。

『はいはい』と呆れた様子でフレアさんが鍋の元へと急いで向かった。


「モミジさんもご飯どうぞ」

「……宜しいのですか?」

「はい。祝福持ちの空腹具合は痛いほど知ってますんで」


 祝福を使うと、酷いと気が狂いそうなほど空腹で目が回るんだよね。

 やんわり勧めると彼女も迷わず鍋の方へと向かった。ルッテと合流して皿などを受け取っているが……あの巨乳は祝福を使って無いだろうに。そうやって無駄に食べるから栄養が身長と胸に偏るんだ。


「それでアルグスタよ」

「ふぁい?」

「お前の見立てだとあの祝福はどうだ?」

「……使い方次第だと最強でしょうね。ただしあの中から攻撃が出来ないって弱点もあるけど」


 朝一で確認した事実であり欠点……それはあの中からの攻撃も弾かれてしまうので、祝福を切らないと攻撃は出来ない。


「なら地面を揺らすしか攻略の方法が無いと?」

「あ~。それはたぶん無理」

「どうして?」

「あの子ってああ見えて天才肌でね。たぶん次の攻撃では対応して来るよ」

「……どうする?」


 問われてちょこっと悩む。

 地面が揺れるならその対処法は簡単だ。免振住宅の基本、それは……


「地面が揺れたら飛び跳ねれば良い。それか揺れても慌てず目を開いてれば勝ちかな」

「なるほどな。つまりもう破れないと?」

「ん~。方法はなくも無いと思うけど……その実験をするには火力が足らない」

「火力?」

「うん」


 フレアさんが見せたファイヤーボールを纏めて投げつけて、盾の向こう側に居るモミジさんを蒸し焼きにしてみるとか……それかモミジさんの反応速度以上の動きで背後に回り込めば倒せる。

 浮かんだプランを説明したら物凄く冷ややかな視線を受けた。


「お前……鬼畜だな」

「どれも実行するにはノイエじゃないと無理だけどね」


 つまり固定砲台と化したノイエが魔法攻撃に徹すれば焼けるし、そもそも全速力で迂回すれば倒せるはずだ。

 うちのお嫁さんならあの程度の祝福を破る手段など造作も無いわ!


「何より祝福は致命的な欠点があるから、攻略よりも邪魔されず運用する方法を考えた方が生産的っす」

「あれか?」

「ですね。本当に燃費が悪いのよ」


 スープで喉を潤したのか、僕の愛しいお嫁さんが両手で骨付き肉を持って食べている。

 一心不乱に木の実を食べるリスのような愛くるしさだ。ずっと見ていられる。


 フレアさんやルッテと談笑しているモミジさんもそこそこ食べながらどこか楽しそうだ。

 聞く話だと村には同世代の女性が居なくて彼女はお姉さんに甘えてばかりだとか。

 田舎の村とかだと近親が進みそうだから出生率とか悪くなる一方だろうしね。


「ハーフレン。アルグスタ」

「これは陛下」


 馬鹿兄貴の言葉に便乗して頭だけ下げておく。考え事をしてて反応が遅れたよ。


「良い。今はただの兄だ」


 軽く声を掛けて来たお兄様が僕らの輪に加わって来た。


「アルグスタよ」

「はい?」

「実は先ほどカエデ殿より申し出があってな」


 澄ました相手の表情が……何だかとっても嫌な予感。


「しばらくこの地にてモミジ殿を修行させたいとのことだ。こちらとしてもノイエ以外の力を得ることに何の問題も無い。喜んで引き受けたいと思っている」

「はぁ……」


 ポンとお兄様が僕の肩に手を置いて来た。


「彼女の所属は対ドラゴン大隊……新年以降はまた"対ドラゴン遊撃隊"に戻るのだったな。そこの預かりとすることで父上との話もまとまった。正式に命じる前に予備知識だけでもと思って言いに来た」


 あ~。喜んで良いやら悲しんで良いやら。


 チラッとモミジさんを見たら僕に向かって頭を下げて来た。あっちはもう決定事項らしい。

 何か昨日……"日本こきょう"の話をしたら変に懐かれてしまったんだよね。


 まあ良いけど。本当に良いんだけど、ね。




(c) 甲斐八雲

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