旦那君?

「ノイエの休みももうおしまいか」

「はい」


 並んでベッドに腹這いになって仲良くブラブラと足を振り合う。

 寝て起きれば明日からは普通に仕事だ。だから今夜は早い時間から寝室に移動して二人きりの時間を楽しんでいる。


「ん~。ノイエ~」

「……」


 隣に居るノイエの肩を抱きしめて顎の下を撫でる。

 本当にノイエは猫っぽくて可愛い。ゴロゴロと顎の下を鳴らして遊んでいると、少し体重をかけ過ぎたのかノイエがコロンとベッドの上を転がって仰向けになる。そして僕はポフッと彼女の胸の上に顎を着く格好になった。


「……」

「ノイエさん?」

「このまま」

「はい」


 ギュッと抱きしめられてノイエの胸に顔を押し付ける格好のままだ。

 綺麗な形の枕に頬を預けてしばらく待っていると……彼女から静かな寝息が。

 この状態で放置プレイとか斬新ですね。お嫁さん?


 腕を外して抜け出そうとするが上手く行かない。

 グイグイと彼女の腕を押してどうにか体を引き抜いた。


「まだ祝福が動いてるのかな?」


 ノイエの手を確認するけれど、指は完全に回復している。祝福は発動していないはずだ。


 ビクンッ! と、ノイエの足が痙攣したように動いた。


「なっは~! う~ご~か~な~い~!」

「……レニーラか」

「旦那く~ん。どうにかして~!」


 ビクンビクンとノイエの手足を動かしているのは天才的な踊り子であるレニーラだ。

 朱色の髪が一瞬先生と勘違いして焦るんだけどね。ちなみにレニーラは瞳が黄色だから目を見れば分かる。先生は髪も目も赤い。


「諦めて下さい」

「い~や~だ~!」

「暴れないの」

「……旦那君も私と一緒に踊りたいでしょう?」

「たまにはノイエと一緒に踊っておかないと、何かあった時に困るんだよな」


 うむ。魔法の練習と一緒に踊りの方も練習しておかないとな。


「ち~が~う~!」


 パタンパタンと暴れるレニーラのお陰でノイエの透け透けキャミソールが開けて来た。

 いくらまだ暑い時期とは言っても全裸で寝るのは良くない。夫としてお嫁さんの寝間着を正す。


「旦那君だってその気じゃん!」

「違います。服を直しているだけ」

「ならどうして胸に手が?」

「……」


 何と言うことでしょう! 無意識に手がノイエの胸に!


「良いじゃん良いじゃん! 頑張ってよ旦那君!」

「何をどう頑張れと?」

「それは若さで乗り切って!」

「意味が分からないです」


 若さで全てを乗り越えられるなら、子供は無限の可能性を秘めた存在と言う訳だ。

 あながち間違っていないのは不思議だとしか言いようがない。


「ふむ。つまりこのまま頑張れと」

「そうだよ~」


 仰向けのノイエは現在会話のみ可能状態だ。会話している相手はレニーラだけど。


「おお旦那君。その気になった?」

「……」

「あれ? 旦那君? ちょっとそれは……いゃあ~!」


 普段決してノイエに出来ないことも、レニーラなら良いかな?




「……旦那君って実は凄かったんだね。私もう旦那君の虜だよ~」


 ノイエ相手なら絶対にやらないことをやって見せたらレニーラがデレた。

 実際はノイエの姿形で声も同じだから、内心は複雑な感じです。


「あ~。私もアイルローゼみたいに好きな時に出れたら良いのに」

「だよね。僕も好きな時に好きな人を呼びたいです」

「あ~。私と言う相手がいるのに浮気か? 酷い旦那君だな!」

「はいはい怒らない怒らない」


 ウリウリと彼女の頭を撫でていると、アホ毛の存在に気が向く。

 軽く撫でるとレニーラが甘い声を発した。


「何々旦那君? 新しい技?」

「ただノイエのこの部分を撫でただけ」

「はぅぅ……背筋がゾクゾクしてすっごいんだけど」

「そうなの?」


 そう言われると撫で回したくなる。

 普段のノイエとは違いちゃんとした感想が出て来るから変に興奮を覚える。

 撫でたり擦ったり舐めたりしていたら……レニーラが大変なことになってしまった。

 ベッドの横に備え付けてあるタオルでいそいそと拭いて体裁を整える。


「今日の旦那君……すっごいね」

「僕が凄いんじゃなくてこれが普通です」

「……つまり私が旦那君との時間を無駄に過ごしていたのか! あ~! やっぱり表に出たい出たい出たい!」


 ジタバタと暴れる彼女の寝間着をちゃんと着せておく。

 起きたノイエがまた勘違いして怒りだしたらたまらない。


「一応先生にも言ったんだけどね」

「アイルローゼに?」

「うん。どうにかして皆を任意で呼び出せないかって」

「……」


 落ち着いた彼女をちゃんと寝かしつけて隣に座る。


「治療魔法のことでリグさんとか呼び出したいんだけどね」

「あ~。リグなら基本奥深い所で座ってボケてるか出て来ないね。前に誰かが引きずり出してたけど」

「その誰かを知りたいところではあります。それ以外にも魔法に詳しい人とか紹介して欲しいし」

「魔法? それだったらアイルローゼが一番だよ」

「気分屋の先生はあっちの都合でしか出て来ない」

「あはは。そうなると……グローディア?」

「命を狙われてます」

「だよね。それ以外だ……ミャンとかシュー君とかか。絶対に出て来ないけど」


 そこそこ危ない人物の名前を出さないで~! 出て来ないのがせめてもの救いだけど!


「ファシーとかは?」

「あれは強い魔法を使えるけど、研究とかして無かったからね~」

「納得。ただ最近見て無いからどうしてるのかなって」

「ん? 奥でぼんやりしてるけど……私が居るのにファシーと浮気?」

「僕のお嫁さんはノイエです」

「あはは。私もノイエも一心同体だからね!」


 出来たら分けて欲しいです。


「やっぱり先生に新しい術でも作って貰うしかないかな」

「何それ?」

「ん? ノイエの魔力を使って、中の人たちが自由に出て来たり呼べたりする術なら作れるかもって、前に言ってたのよ」

「……」

「あれ?」


 ノイエの髪から色素が抜けて普段の白銀色に戻った。


「お~い。レニーラ?」


 突然消えるとか止めて欲しいわ。




(c) 甲斐八雲

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