カエルになりたいなら
ゆっくりと体を起こしたモミジは、熱っぽい視線で辺りを見渡した。
頭の中は、初めて体験した神々しいまでに神秘的な出来事に静かに興奮し火照っている。だが不思議と体の方も激しく火照り敏感になっていた。
こんなに体が火照っているのは、姉であるカエデと一緒にお風呂に入ってから仲良く体を洗って、一緒に布団で仲良くしない限り得られないほどの物だった。
頬を上気しながら視線を正面に向けると、肩に頭を預けて寝ている妻を起こしている彼と目が合った。
「起きた?」
「はい」
「どうだった?」
「……とても良い経験をしました」
「あっそう」
目を逸らす彼は何が言いたいのか良く分からないが、モミジは座り直して相手を見た。
「で、何て言われたの?」
「はい? はい。『鉄壁』だそうです」
「鉄壁? その効果は?」
「えっと……とにかく頑丈な盾を作るそうです」
「……それってモミジさんの攻撃はどうなるのかな? 盾の中から出来るのかな?」
「さあ? それは……」
首を傾げるモミジさんは確認しなかったらしい。
「明日実験してみようか」
「はい」
「……なら少しこっちの話に付き合って貰おうかしら」
ムクッと体を起こしたノイエにモミジさんが警戒する。
だけど僕はあっさり受け流し、机の上の聖布を綺麗に折りたたんで箱に戻す。これに何かあったら後で怒られそうだしね。
片づけを済ましていると、モミジさんがノイエの手によって拘束されていた。
とても鮮やかな仕事で何が起きたのかすら良く分かりません。
「これで少しは素直に話せるかしら?」
「……どうして!」
モミジさんが立ったままの姿勢で身動き一つ出来ないのは、たぶん先生が何かしらの魔法を使っているのだろう。
本当にこの人は存在自体がチート過ぎる。ノイエの体をノイエ以上に扱えるのではないだろうか?
「大丈夫よ。正直に答えれば痛い目は見ないわ」
「……貴女は誰ですか?」
「私? 私はノイエ・フォン・ドラグナイト。そこに居る夫の妻よ」
「嘘よ。雰囲気が全然違う!」
声を張り上げるモミジさんに……僕は扉の外や壁などを叩いて誰か潜んでいないか確認する。誰も潜んでいない感じだ。
と、拘束されて立たされているモミジさんの前にノイエが立つと笑った。
「雰囲気なんてその場の状況次第でしょう? そんな物で私のことを偽物扱いだなんて……酷い女ね」
修復が進んでいる手でモミジさんの顎を掴んで……酷い女は貴女だと思います先生。
「まあ良いわ。本物でも偽物でも関係無いの。少し質問をしたいから答えなさい」
「……嫌と言ったら?」
「別に良いわよ。本当に嫌がって祝福でも使えば? その時貴女は貴重な情報を得る機会を失うだけ」
「……」
しばらくノイエを見つめたモミジさんは、諦めた様子で肩を落とした。
「何が聞きたいの?」
「そんなに身構えなくて良いわよ。貴女の姉が言っていたことの確認をしたいだけ」
そう言ってアイルローゼ先生は、今日聞いたカエデさんからの話を最初から全て語った。
一度聞いて全部覚えられる人って本当に羨ましいと思います。
「……どうかしら?」
「わたしが知る限り同じです」
「そう。なら最後に……魔法は伝わっていないのね?」
「はい」
「分かったわ……なら私からの質問はこれまでよ」
軽くモミジさんの鼻先を指で叩くと、拘束を失った彼女が一瞬倒れかける。
咄嗟に拳を握り、殴り掛かるモミジさんの攻撃を……軽く掻い潜ったノイエが不思議そうに彼女を見つめた。
「……なに?」
「いいえ」
無表情のノイエは辺りを見渡し、僕を見つけるとトコトコと歩いて来る。
だが一歩手前で停止すると……肩越しにモミジさんを見た。
「忘れてたわ。このことを誰かに喋ろうとしたら……貴女の中に埋め込んだ術が発動して、その姿をカエルに変えてしまうから気をつけてね」
クスッと笑ってアイルローゼ先生が椅子に座った。
「カエルになりたいなら止めないわ。それと唯一この話をして良いのは夫だけよ。"私"にすら言おうとしたら……最も醜いカエルにしてあげるから。良いわね?」
先生が目を閉じた。
モミジさんが目を見開いて僕を見た。
僕としては、素直に肩を竦めるしか出来ないんだけどね。
「何なんですか!」
「……たぶん両手を斬られたのに正式な謝罪を受けて無いから、機嫌が悪いのかもね」
「それは……後で謝ります。でもいくらなんでも蛙だなんて!」
怒りたい気持ちは分かる。
でもうちの先生は、基本ストロングスタイルのスパルタですからね。
「言わなきゃ良いのよ」
「でも!」
「言った所で何の得も無いでしょ? それより落ち着いて座って」
椅子を勧めて不満げな彼女を座らせる。
僕もお嫁さんの隣に座ると……目覚めた感じのノイエが抱き付いて来た。
「……アルグ様」
「ノイエ眠い? ずっと寝てるよ」
「……はい」
抱き付いて来て彼女はまた目を閉じた。
それを見るモミジさんが何とも言えない表情でため息を吐いた。
「良くそのような人を娶りましたね」
「ん?」
「わたしには絶対に無理です」
「そうかな~。付き合ってみると確かに大変だけど、でも凄く楽しいよ? 人生が何倍も楽しくなる感じかな」
「……」
呆れ果てた感じで彼女は頭を振った。
「それでわたしが得られる情報って、何ですか?」
「ん~大したことじゃ無いと思うんだけどね」
ノイエを抱きしめて僕はモミジさんを見る。
何より先生……最後に丸投げしましたね? これを罰だと思っておきますから。
「その前に軽く質問をして良い?」
「はい」
「口伝で伝わっている……サツキ家の古い言い伝えの類を教えてくれるかな?」
「どうしてでしょうか?」
「うん」
軽く笑うしかリアクションの取りようが無い。
「もしかしたら君たちの御先祖様が居た場所って……僕が前に居た『異なる世界』かもしれないから」
(c) 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます