はやっ!

 ものすっごく大ピンチなんですけど~!

 違いが分からない男、それが僕です。

 助けてアイルローゼ先生。助けてくれないなら胸揉むよ?


 チラッと視線を向けたら……先生が小さくため息を吐いた。


(後で叩くから)


 何故に!


(私に対して良からぬ気持ちを抱いたからよ)


 何故分かった!


(正解みたいね。往復を覚悟しなさい)


 騙された。つか何故会話が成立してるの?


(間抜け面を元に戻しなさい。バレバレよ)


 お恥ずかしい限りです。

 言われた通り表情を整えると、先生の呟きが耳の奥に届いた。


「……確かに今の行動に魔力の流れを感じませんでした。

 何よりカエデさんは魔法語を口にしていない。魔法とは普通に使うにも術式でも必ず魔法語を使います。ですがカエデさんの口は動いてませんでした」

「馬鹿弟よ」

「はいな?」


 話の腰を折るな。馬鹿兄貴よ。


「魔法道具の線は?」

「……」


 先生。あんな質問が出ていますが?


(そうね。可能性はゼロでは無いわね。でも道具の時点で魔法じゃ無いわ)


 ごもっともです。


「道具を用いての攻撃は魔法じゃないですからね」

「まあそういう扱いだよな」

「そもそも祝福だって魔法じゃ無いしね」

「しゅくふく?」


 おっと今度はカエデさんが釣れてしまったよ。


「……この大陸では、生まれ持った奇跡や死に掛けて得た奇跡などを体得している人が現れたりするんです。その奇跡を"祝福"と呼びます。

 カエデさんの周りに普通の人とは違う力を使った後に空腹で目を回す人はいませんか?」

「……居ります」


 居るんだ!


「モミジです」


 あの子かいっ!

 何故かメイド長も含めて全員の目がギラッと肉食獣な色を見せたよ。

 と、先生までもが僕の脇腹を抓って来るから彼女の指示に従うことにした。


「それはどのような力ですか?」


『お前それを聞くか?』と馬鹿兄貴が呆れた表情を向けて来るが止めないんだよね。

 皆知りたいでしょ? 僕みたいに内緒だったら諦めてね。


「はい。良くは分からないのですが……どんな攻撃も彼女の力で無力化されます。ただ修行の邪魔になるので普段から使わないように言ってあります」


 納得。祝福があっても使えなかったからノイエの一撃を食らって卒倒したのね。

 つまり使われていたらノイエが負けていたかもしれない?

 ふっふっふっ……認めんぞ! 全力でその祝福を解明して丸裸にしてやる!


「って、分からない?」

「はい」


 えっと……もしかして所属している小国の人が、聖布とかの使い方を把握していないのかな?

 先生! もう少し優しく!


「カエデさん」

「はい?」

「もし陛下の許可を得られるのであれば、モミジさんの祝福がどのような物か確認できますが?」

「それは……ご迷惑でなければお願いしたいです」


 田舎者特有の純粋さが恐ろしい。

 カエデさんってばこっちの思惑を全く疑わずに素直に応じてくれますね。ありがとうございます。


「国王陛下。もし宜しければ許可を頂きたいのですが?」


 パパンとお兄様が見合って……パパンが引き継いだ。


「うむ。折角の力を眠らせておくのは勿体無いな。この後にでも確かめられるよう準備しよう」


 言ってパパンがカエデさんの方を見る。


「カエデ殿。もし良ければ夕方にでもモミジ殿の祝福を確認したいのだが宜しいか?」

「はい。では後で私があの子に伝えましょう」

「宜しく頼みます」


 と、今度はこっちを見て来た。


「アルグスタよ」

「はい?」

「モミジ殿の付き添いを頼みたい。勿論お前のことだ……ノイエの同伴も許そう」


 いいえ。そう言うことじゃなくて折角の休みを怠惰に過ごした、痛い痛い。

 先生が脇腹を抓って来たから、色々な感情を飲み込んで我慢する。


「……承りました陛下」


 結局僕は先生の横暴に逆らえないのです。




 夕方になり、何故か白い無地の着物姿で来たモミジさんは……切腹でもするんですか?

 ああ、そうじゃなくてあれだ。巫女さんが冷や水を浴びるようなあんな感じだね。


 事前に教えられた通りに一応銀盤に水を入れて両手を入れて貰って本当に祝福持ちかを確認する。

『魔力無し祝福有り』が確認出来たので、銀盤を退けて布を広げる。


「その布の上で腕枕でもして目を閉じて貰えるかな?」

「……それで?」

「多分寝るから起きるまで待ってます」

「……それで良いのですか?」


 白い衣装で緊張の面持ちな彼女が不安げな視線を向けて来た。

 気持ちは分かるが……僕の時は確認が終わったらチョークスリーパーで落されたからな。不安も何も無かった。


「まあ気楽に」

「はぁ」

「ただ口の悪い相手だからイラッとしないようにね」

「……そうなのですか?」

「やれば分かります」


 納得しない様子だがモミジさんは腕を枕に目を閉じた。

 するとビックリするほど急速潜航して行った。


「はやっ!」


 ビックリするほどの寝落ちっぷりに軽く引く。

 と、今まで静かにしていたノイエが動き出した。


「ノイエ? ……な訳無いか」


 赤い髪と赤い目。間違いなくアイルローゼ先生だ。


「何をする気ですか?」

「ちょっとした実験よ。こんな機会はそう無いから」


 言いながら彼女は寝ているモミジさんの体を撫で回す。

 何ですか? この卑猥で背徳な感じは? お嫁さんが目の前で寝ている女性を撫で回すとか……変に興奮しそうです。


「んん……あふっ」

「……なるほど、ね。そうなっているのね」

「んん……あんっ」

「……そういうことね。つまりこうなのね」

「あふっ」


 聞こえてくる声が絶対にアウト臭いんですけど! だがガン見する視線が全く動かせない! だって僕はこう見えてもまだまだ若い男性ですから!

 しばらくモミジさんを撫で回した先生が、納得した様子で離れると椅子に腰かけて目を閉じた。


「先生?」

「なに」

「外見だけでもノイエに戻って欲しいかなって」

「……そうね。ただし少しこの子猫から話を聞きたいから隣に座りなさい」

「はいはい。……触れたからって怒らないで下さいね?」

「仕方ないと理解しているわ。この術も手直しが必要ね」


 彼女の隣に座ると、赤い髪のノイエが僕の肩を枕にした。

 すると色が抜けて行って……いつも通りの白銀に変わった。


「先生」

「何よ」

「……ノイエの中の人を任意で呼び出したりとか出来ないですかね?」

「何を考えているの? レニーラを呼び出して良からぬことでもしたいの?」


 あれはあれでちょっと良いけど……ある意味間違って無いけど。


「リグさんでしたっけ? 彼女を呼び出して色々聞いてみたいとか。

 先生にも治療魔法がどうして作れないのか聞きたいし」

「……そんな理由で呼び出されるのは面倒臭いわ。私は私が出て来たい時に出たいのよ」


 ですよね。知ってましたよ。ノイエの中の人たちって基本我が儘ばかりですし。


「……でも出たがっている子たちが騒がしいし、少し手段を考えるのも悪く無いわね。魔力不足をノイエの力で補えばどうにか出来るかも知れないわね。

 まあ気が向いたら、ね」


 言って先生がこっちに身を預けて来た。らしく無いほどの密着です。


「起きたら起こしなさい。少し寝るわ」




(c) 甲斐八雲

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