まだまだ子供ですから

「どうかお許しくださいノイエ様。今後2度とこのような……いいえ。故郷に戻り家を出て、孤児院などで働き自分の歪んだ心を入れ替えますのでっ」

「……口を閉じて。舌を噛む」


 ノイエは蓑虫状態にまで縄で縛り拘束した貴族令嬢おにもつを放り投げ、襲いかかって来るドラゴンを迎え撃つ。

 殴り飛ばし蹴り倒し、ついでに落下して来た荷物をもう一度放り投げてから、躯と化しているドラゴンを、絶妙なコントロールで死体置き場と化している処理場の広場へと投げる。


「……許して下さい。本当に……もう2度と」

「次」

「いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ~っ!」


 ユニバンス王都の郊外で、少女の悲鳴が延々と響き続けた。



 仕事を終えて戻って来た隊長が脇に抱えている荷物を受け取ったフレアは、終始響いていた悲鳴と縛られた少女の正体を知り……薄く笑って溜飲を下げ、自身の手による復讐は我慢した。

 心どころか、人としての何か根柢部分からボッキリと折れてしまった少女は、穴と言う穴から色々な物を垂れ流しとても見れた物ではない。まさにそれは再起不能と言う言葉の見本だった。


 事実、カルジュア・フォン・ホーリッドは今回の一件が片付くと、家を出て孤児院に住み込み孤児たちの相手をして生涯を過ごした。

 とにかくドラゴンと名のつく物を恐れ、孤児たちに癒しを求めるように努めたと言う。




「借金の方はそんな感じで。あと勿論大人げ無い子供の僕は、皆さまがやられたら一番辛いであろうことをサラッとやったりします。

 今後お前たちの領地にドラゴンが出ても、ノイエが出向くことは無いと思え」


 死刑宣告を受けて居並ぶ貴族たちが力無く床に座り込む。


 僕の言葉が意味することは、自分の領地に出たドラゴンは全て自分たちの手で、退治もしくは排除しろと言うことに他ならない。

 騎士を雇い続け、柵を強固にし、領民たちを護り続けながら領地を運営する。

 絵画などを買うために我が家に借金を申し込む馬鹿たちにそんなことは出来るはずが無い。


「いい加減にしたまえドラグナイトッ! そのような暴挙……元王家の者であっても許される訳がないであろうっ! それに貴殿は、陛下の命であのような化け物を飼い馴らしているのだろう! あのような化け物を騎士にして飼い馴らしている意味を思い出せ! それは何の為かっ!」


 顔を赤くしてホーリッドが騒ぐ。

 本音を垂れ流してくれてありがとう。こんな親だから娘もあんなに捻じ曲がるんだな。

 あっちはノイエの狩りに付き合うって言う最新式の拷問を受けてるだろうけど。


「……寝言は寝て言え。この馬鹿が」

「な、にをっ!」

「勘違いするな。陛下からの御言葉で公表は避けているが、ノイエは僕と結婚した時点で騎士の地位は実質返上している。当たり前だ。彼女は僕の妻なのだからな」


 この国……この世界では兼業主婦と言う存在は認められていない。

 結婚したら妻は家庭に入るものと言う、ある意味古い考えが根強く残っている。


「ならば僕がその気になれば、彼女を屋敷の中に押しとどめ愛でていても問題は無いのだよ。

 ただ彼女はドラゴン退治をするのが好きだから、日々ああして飛び回っている。これぐらいはその少ない頭でも理解出来るだろう?」


 本当に貴族と言うか……選民思想ってこんな風に抱く物なのかね。

 怒り過ぎて顔色が赤から紫になっている人物を見る。


「ノイエのドラゴン退治はただの趣味だ。

 騎士として振る舞わしているのは周りの者たちに対する配慮だ。

 ……話を戻して貴方の問いに答えよう。僕が陛下の言葉と妻の存在を天秤にかけてどっちを選ぶのかなど質問することが愚問だ。妻であるノイエを優先する以外の選択肢など存在していない。

 僕が護りたいのは国や王家などでは無い。妻との平和な夫婦の生活だ」


 何故か前国王とその国王の隣に居るクロストパージュのオッサンが渋い表情をしているが、スルー。


「忘れるな。彼女は国の為にドラゴン退治などしていない。ただ趣味で倒し、それを周りが勝手に色々と言って騒いでいるだけだ。そして彼女は僕と同じように相手に好かれるためならば多少の無理でも喜んで引き受ける可愛いお嫁さんだ。だから僕のお願いを前のめりで引き受けてくれる」


 相手を睨んで一歩踏み出す。


「さあ逆に問おうかホーリッド? 貴殿は国から領地を預かる貴族様だ。その貴族様は日々どれほどの努力を持ってドラゴンから領民を守る努力をしている? 軽く調べて貰ったが……貴殿は領地を弟君に押し付け運営させている様子が伺える。証拠なら山のようにあるから反論しなくても良い」


 怒っていた相手の顔から血の気が一瞬で引いた。

 たぶん調べが付いていることを理解したのだろう。表も裏もだ。


「領主たる者が領民を護ることを他人に丸投げし、挙句自分の子供が起こした問題すら、まともに責任を取ろうともしないなど言語道断だ。

 子供が犯した罪は罪だ。それを正常な道に戻すのが大人の務めだ。そして親は子の鏡だ。鏡が汚れくすんでいるのなら、自らの手で洗い清める必要がある」


 馬鹿の相手は本当に疲れる。良い大人なんだから若造に説教されるなよ。


 床に崩れ落ちている馬鹿貴族たちに僕は呆れた声で言葉をかける。


「先ほど申し上げた借金の短縮と倍増の件は……現当主のみ有効としましょう。もし代替わりすると言うなら、今まで通りの期日と金額でお納めして頂ければ結構です」


 メイド長を見習ってやんわりと一礼をする。

 そして視線はホーリッドの馬鹿当主に向けたまま固定する。


「お前の所は親子揃ってろくでもないな。でも貴殿の弟君は誠実に領地を運営し、領民からの信頼も厚いらしい。そちらに家督を譲るのであれば、今回の件に関する一切の問題を無かったことにする……これが大人げ無い子供の僕から出せる最大限の譲歩です」


 一気に老け込んだホーリッドの馬鹿当主が床に崩れ、お兄様が衛兵たちに声を掛けて運ばせていく。


「やり過ぎであろう?」

「ん? あの手の人って叩くと埃しか出ないんですよ。はいお兄様」


 苦笑しながらお兄様が来たので、馬鹿兄貴から事前に受け取っていた書類に最新の物を乗せて手渡した。

 ピラピラと覗き見たイケメンさんの顔が、苦々しい物に変わった。


「各領地の正式な運営状況と……こっちは脱税や贈賄の証拠か」

「はい。でもそれって彼らがしてた事ですし、代替わりを促しましたから」

「替わらなかった家だけ処罰しろと?」

「はい」


 次期国王に向かい僕は頭を下げる。


「親の罪は子供に向かわないようにご配慮願います」

「お前は……本当に子供染みたことをするのだな」


 苦笑する相手に僕は出来るだけの笑みを向ける。


「はい。僕もまだまだ子供ですから」




(c) 甲斐八雲

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