大人げ無い子供

「「……」」


 その一室は何とも言えない沈黙に支配されていた。

 わざわざ異世界の道具を使って子供たちの会話する声を室内に流すことまでされ、彼らの親である当主たちは居心地が悪すぎて吐きそうになっていた。


「ふむ。問題は多く残っているが、怪我人は少なくて済んだようだな」

「はい。ですが少々聞き捨てならない言葉も多かったですが」

「ああ。騎士見習いがあのような心構えであるのは大変な問題であるな」

「はい。急ぎ大将軍と話し合いの場を持ち、育成に関する事柄の見直しをさせます」


 王たちの会話など生きた心地で聞くことが出来ない。

 この場から逃げ出したい貴族たちは、チラチラと視線を扉へと向ける。

 だが当事者なのにそれを理解していない様子で騒ぐ者が居た。


「ヒューグラム殿」

「……何でしょうか。クロストパージュ様」

「あはは。共にただの貴族では無いか。敬語など要らん要らん」


 気さくな感じで接して来る相手に、どう振る舞えば良いのか分からずに居るイネルの父親に対し、クレアの父親であるクロストパージュ当主がその肩をバンバンと叩いた。


「うちのあの甘えん坊を護ってくれた貴殿の息子は実に見所がある。どうだろうか? もしそちらが良ければあの2人の仲を繋ぐと言うのは」

「そっそれは……つまり」

「うむ。あの2人を婚約させたいと思っている」


 目出度い話であるが他の貴族たちは肝が凍る思いにさせる。

 国王から信頼が厚い2つの家が手を結べば、現状とにかく面白くない。

 何より一番厄介な相手がたぶんこの場所に向かいやって来ているはずだ。


 貴族たちは頭を抱えたくなるのを堪え必死に言葉を探す。

 だがどう見てもこの場が、自分たちを苦しめるために設けられた物だと理解していた。


「クロストパージュ様。実に嬉しいお話なのですが……」

「何だ? ダメか?」


 苦々しい表情を見せる貧乏貴族の当主に、他の貴族たちが僅かな期待を込めて視線を集める。


「我が家はその……裕福では無いので、貴殿のご息女を貰い受けるには」


 苦しい財政事情で、結納に関する出費に耐えられない。

 息子の気持ちを理解しているが、父親としても今回ばかりは難しい。


 だがそんな彼に救いの手を差し伸べる者が居た。


「出費のことなら気にするな。ヒューグラムよ」


 国王ウイルモットだ。

 彼は息子との会話を終え、軽い足取りで会話に合流してきた。


「儂が口利きをしてアルグスタに話を通そう。あれも部下2人の婚約であれば、破格の条件で借用を認めることだろう。

 それに先にも言ったが、お主の一族には辛い思いばかりかけて来たからな……此度の件は全面的に協力しようでは無いか」


 国王からの申し出を断ることなど出来ない。

 泣き出してしまいそうな感情を抑え、ヒューグラム家当主は国王に深く頭を下げた。


 結果として他の貴族たちは一番恐れていた事態を迎えた。

 あの2人が実質婚姻状態となった今、両家からの追及は免れない。

 それに、


「失礼いたします。アルグスタ・フォン・ドラグナイト様が御成りになりました」

「許す。通せ」

「はい」


 国王の許可を得て、どこか眠そうな若者が部屋の中に入って来た。


「あっどうも」

「「……」」


 本当に軽い感じで挨拶をし、そんな弟に苦笑した兄が歩み寄る。


「何か用か?」

「はい。ハーフレン王子よりあの2人のことでもし文句を言いたいのなら、この場に行けと教えられまして」

「ふむ。だが決まりでは身元引受人の所へ行くのが普通であろう?」


 次期国王の言葉に上級貴族たる弟が面倒臭そうに頭を掻いた。


「……そうなると王都に住まう重鎮たちを一堂に集めなければいけません。それはそれで許可を頂きませんと出来ないので」

「どちらにコケてもと言う奴か」


 笑う次期国王は、父親である人物を見た。


「少々特殊ではありますが、御許可は頂けますか? 陛下」

「許そう」

「許しが出たぞアルグスタよ」

「どうも」


 流れるような会話に聞いていた貴族たちは絶望に似た思いを抱く。

 完璧なまでに打合せされた会話なのだ。つまり自分たちは嵌められたと言うことだ。


「さてと……皆様方。僕があの2人の王都における保護者のような者にございます」


 スッと一礼をし、アルグスタは顔を上げると同時にため息を吐いた。


「……誰の部下をイジメて、その上司に喧嘩を売ったのか分かっているのか?」




 どこか子供の喧嘩とたかを括っている様子の親の顔を見て、僕の我慢も限界に達した。


「誰に喧嘩を売ったのか分かっているのか?」


 大切だから2回言う。

 流石に顔を蒼くする者の数が増えた。


「落ち着いて下さい。アルグスタ様」

「……誰か?」

「はい。ホーリッドと申します」

「貴殿が」


 軽く睨みつけると、相手はどこ吹く風な感じで受け流す。


「あのような物を見せつけられ、それでも黙れと言うのは貴殿のご息女が首謀者だからでしょうか?」

「そうは言いません。あれは必ずや責任を負わせます。ですが我々が喧嘩腰に話し合う必要など無いのです。そんな大人げの無い子供染みたことなどは止めて話し合いましょう」


 大人の対応を求めて来る相手に……僕の中でプチっと何かが切れた。


「ホーリッド殿」

「はい」

「……僕は可愛い弟や妹が泣かされて黙っていられるほど大人じゃない。大人げない子供染みたことをするな? だったら僕は子供のままで良い。そしてこれからは癇癪持ちの子供らしく振る舞おうか」


 ジロッと雁首並べる貴族たちに視線を向ける。


「まず我が家から借金をしている人たちに告げる。返済期日の短縮と金利の倍増だ」


 一方的な宣言に、借金している人たちが卒倒しそうになる。

 だが止まらない。止まる気も無い。


「僕は大人げ無い子供だからね……我が儘に振る舞わせていただくよ」




(c) 甲斐八雲

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