気が済むまでかな

 人間って、必死になればなるほど墓穴を掘る生き物なんだね。


 僕は比較的落ち着いた感じでカルジュアなる少女を見ていた。

 クレアと同じ歳だけど……『年齢を詐称していますか?』と聞きたくなるほど成長している。ただルッテと言う存在が近くに居るから、驚きは全くと言って良いほど無い。あれこそチートだ。


「僕に近づきたくてこんなことをしていたとか聞こえたんだけど?」

「いいえ違います。アルグスタ王子様」

「元ね」

「……アルグスタ様」


 渋面だった表情から最後の希望を僕に見出したのか、カルジュアが必死に言葉を紡ぐ。


「私は常々アルグスタ様の元で仕事をしたかったのです。国民の為にドラゴンを退治するなど普通出来ることではありません」

「退治してるのはノイエね」

「……ですがノイエ様に指示を出して戦わせているのは、アルグスタ様であるとみんなが知っています!」


 良し耐えた。

『指示を出して戦わせている』だと? 周りからはまだそんな風に思われているのか。


 僕と結婚する前からノイエはドラゴン退治をしていただろうに。

 何よりドラゴン退治はノイエのライフワークだ。普通の人が食事を摂るのと同じで、息を吸うかのようにドラゴン退治をしているだけだ。


「私はその中の1人となって共に戦いたかったのです!」

「……あっそう」


 クレアとの会話を聞いて無かったら少しは考えたかもしれない。でも彼女の本心は、ユニバンス一と言われているドラグナイト家の経済力だろう。

 僕らがどれ程頑張って散財しているのか知って欲しいくらいだ。


「なら試してみようか」

「……えっ?」


 突然の申し出にカルジュアが間抜けな顔を見せた。


「君がうちで働けるかの試験」

「……試験ですか?」

「そ。じゃあノイエ……後はお願い」


 僕が一歩横に動くと、背後に居たノイエがカルジュアの視界に収まる。

 彼女ははっきりと動揺して辺りに助けを求めるように視線を巡らせる。


「アルグ様」

「ん?」

「本当に……する?」


 ノイエの最終確認に僕は軽く頷いた。


 自分の罪を認めて少しは反省してくれればここまでやる気は無かった。

 でもね……僕の可愛い"妹分"にここまでしておいて許されると思うなよ?


 僕の返事を受け、ノイエが一歩踏み出すと消えた。カルジュアと一緒にだ。

 ただ遠くからカルジュアらしき悲鳴が聞こえ遠ざかって行くから……何が起きたかみんなに伝わっただろう。


「さてと。そっちは丸投げしても良い?」

「ああ。騎士見習いを鍛えるのは先輩騎士の務めだからな」


 パンパンと馬鹿兄貴が手を叩くと……ゾロゾロと見覚えのある人たちが姿を現す。

 大将軍を筆頭に将軍クラスが居るわ居るわ。みんな……ちゃんと働こうね? 僕もだけど。


「少し育成の見直しが必要なようですな」

「ああ。その辺は後日話し合うとして」


 将軍たちに首根っこを掴まれて取り巻きたちが運ばれて行くよ。悲しそうな瞳でこっちを見ないで。

 心の中で『ドナ○ナ』を歌いながら、視線を地面の2人に向ける。


 プルプルと震えているクレアが、イネル君の上半身を抱き支えていた。


「……何よ」

「何でもない」

「そう」

「……」


 冷ややかに見下ろしていると、ブルブル震えるクレアが顔を上げて僕を見た。


「言いたいことがあるなら言ってよ!」

「ん?」

「笑うなっ!」


 ヤバい。顔がにやけてしまった。

 軽く咳払いをして改めてクレアを見る。


「言いたいことと言うか、思っていることを口にするとだね。

『頑張った小さな騎士様にお礼の一つも言わないのか、この姫は?』です」

「……」


 顔を真っ赤にしたクレアがイネル君の顔を覗き込んだ。




「ありがとぅ」

「……ん?」


 クレアの言葉で目を覚ましたイネルが、自分の顔を覗き込む存在に気づいてジタバタと慌てる。

 だがクレアは相手を逃さず、その顔を覗き込んで言葉を続けた。


「……ありがとう」

「……うん」

「……ばかぁ」

「……うん」

「……次こんなことしたら許さない」

「……はい」


 真っ赤な顔をしたクレアが小さな胸にいっぱい空気を吸い込んだ。


「ばかばかばかばかばかっ! でも……大好き」

「……」


 もう限界とばかりにクレアが彼を投げ捨てる。

 地面に軽く頭を打った様子で、『イテテ』と言いながら軽く撫でると……イネルはクレアを見た。


「ねえクレア?」

「ふぁいっ!」


 緊張した少女がガチガチに引き攣った顔を彼に向ける。

 イネルはそんな少女に笑いかけると、ゆっくりとその言葉を口にした。


「ボクは君のことを護れたかな?」

「……」


 ポロッと涙を溢した少女が、イネルの首に抱き付いて相手を押し倒した。


「お兄さんはまだ早いと思うぞ?」

「……」


 アルグスタのツッコミにハッと気づいたクレアが顔を上げて、空気を読まない上司に顔を向けた。


「もう馬鹿っ!」

「いやいや……こんな場所でしちゃう方が問題でしょうに」


 笑って上司が目配せすると、こわ……頼りになるメイド長が静々と歩いて来た。


「傷の手当とそれとお風呂も用意した方が宜しい様子ですね」


 クレアの状態を確認すると、少女に手を貸して立ち上がらせた。


「ん。ならメイド長……後は宜しく」

「はいアルグスタ様」


 一礼したメイド長は、クレアの足に自分の足を掛け少女を押す。

バランスを崩し倒れるクレアの首根っこを掴み微調整すると、咄嗟に受け止めようとしたイネルの唇とクレアの唇が微かに触れる形にした。

 そのままメイド長は腕の力を抜いて……少女の体を遠縁の小さな騎士に預けた。


「……メイド長?」


 非難染みた視線を受けてメイド長が首を傾げる。


「はて? アルグスタ様のご注文通りに『後は宜しく』させましたが?」

「……それ以上宜しくしないように監視しておいて」

「はい。このスィークめにお任せを」


 呆れた様子で肩を竦めながら、彼はまだキスしたままで凍っている2人から視線を外して歩き出す。


「あそこまでしたら色々と問題だぞ?」

「非難はメイド長にお願いします」

「あれが俺の苦言に耳を貸すかよ」

「あっそう」


 立木に寄りかかりこっちの様子を窺っていた兄から書類の束を受け取り懐にねじ込むと、アルグスタは城へと入る。


「で、どこまでやるんだ?」

「ん? ん~」


 立ち止まり軽く考えたアルグスタが小さく笑った。


「気が済むまでかな」




(c) 甲斐八雲

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