ふぇ?
「喧嘩と言うからには両成敗が基本だ。だがお前たちは子供である。ならば各自の当主に報告をし、それ相応の話し合いをして貰わなければいけない。
それを知っていて『子供の喧嘩』と申したのだな?」
「……はい」
苦々しい様子でカルジュアは王子の言葉に頷き返した。
舌の根が乾かないうちに『今の言葉は誤りでした』等とは言えない。隠しておきたかった事柄が大きな話になってしまう。
ハーフレンはそんな彼女に対して、優しさをかなぐり捨てた。
『子供であっても犯した罪は償うべきである』と言う信念を持ってだ。
「しかし喧嘩ごときで各自の領地に使者を立てる訳にはいかない。よって王都での身元引受人に報告し、話し合いの場を持って貰うこととする」
「……ハーフレン王子。それは?」
カルジュアの表情が一気に曇った。
「知らないのか? 王都に暮らす子弟は何かの時の為に『身元引受人』を決めることとなっている。大半は王都勤めの将軍なり大臣なりが多いが……若干異なる者が引受人だったりもする。
その例外がそこの2人だ」
肩越しに王子が顎で示す2人……伸びているイネルをどう介抱したら良いか分からずオロオロしながらも、必死にスカートの裾で彼の血を拭っているクレアたちのことだ。
「あの2人は上司であるアルグ……王族のアルグスタが身元引受人だ。お前たちの身元引受人が誰かは知らんが気の毒にな」
フッと鼻で笑いハーフレンは縮こまっているガキ共越しに城を見る。
きっと今頃次期国王が似たような言葉を子供たちの両親に告げていることだろう。クレアとイネルの父親がその場に居るとしてもだ。
「最近は『暴君』と名高いあれとの話し合いに応じる者など居るのかね? まあ引き受けざるを得ないだろうが、きっと恨まれるだろうな……それこそ今後の扱いがどうなるのかは知らんがそれは仕方ない」
スッと表情を引き締めてハーフレンは子供らを睨む。
「喧嘩両成敗だ。だったら諦めろ」
「「……」」
カルジュア以外の子供らは、大半がボロボロと涙を溢し途方に暮れていた。
王都に来て問題を起こすと言うことがどれほど恐ろしいことなのかを今更思い出したのだ。
これほどの問題を起こした以上、もう王都に留まることは出来ない。王都には居れないが、実家に戻ることも出来ない。勘当を言い渡されて放り出される可能性が高過ぎるのだ。
泣き崩れ始める子供たちを背中に感じつつ、カルジュアもまた必死に頭を働かせる。
「……ハーフレン様」
「何だ」
「……この喧嘩は彼女たちが売って来た物なのです」
必死な様子でカルジュアはそんな言葉を紡ぐ。
内心でため息を吐きながらハーフレンはガリガリと頭を掻いた。
「なるほどな。では俺がこの場に来る切っ掛けとなったイネルの声はどんな理由だ?」
「……」
「喧嘩を売った彼らが多勢に無勢で罵った訳か? それなら確かに助けようも無いが、では聞こう。文官志望であるあの2人が、武官志望である君たちに対して、何をどうすれば喧嘩を売るような状況になるのか? 納得いく言葉を聞かせたら俺も考えを改めよう」
「……」
考える時の癖である親指の爪を噛みながら、カルジュアは必死に思考を巡らせる。
これではアルグスタに近づく前に完全に敵対しかねない。そうなれば自分の立場どころか家に帰ることもかなわず、下手をすれば国から追い出される可能性すら出て来てしまう。
必死に頭を使い……カルジュアは視線をクレアに向けた。
殺してしまいたいと強く思って睨みつける。
その気配に顔を上げたクレアは、自分に向けられている恐ろしい目に震えて身を竦ませた。
「彼女が自慢して来るのです。アルグスタ様の職場がどれ程良いか、と。
私たちが騎士になるべく一生懸命鍛練をしているのに、『汗臭い汗臭い。私はそんな仕事をしなくても良いから』と馬鹿にして来たのです。ですから私たちもついカッとなって……本当に大人げないことをしました。
そうよねクロストパージュ?」
蛇に睨まれた蛙のように身を竦ませるクレアは、ガタガタ震えるとその場から逃げ出したくなった。
怖くて怖くて……泣いて逃げ出したくなったのだけれども、でも彼女は本当にギリギリのところで堪えた。
ギュッと握り締めたイネルの手に意識の全てを向けて、震える口を無理やり開く。
「違います。彼女は嘘を……言ってます」
「クロストパージュ!」
「ひぃ……」
ビクッと震えて身を竦ませるクレアに、ハーフレンはその姿を見た。
弟がそろそろ我慢の限界に達している様子だ。その背後には白い影まで見え始めている。
『もう終わらせるか』と決め彼が口を開こうとした時、震えるクレアが頑張った。
「ホーリッドは嘘を言ってます。彼女はただアルグスタ様に近寄りたかっただけです!」
ボロボロと涙を溢しながら、イネルの手を掴みクレアが吠えた。
その様子はまるで幼い頃のフレアのようで……ハーフレンは自嘲気味に笑った。
「だ、そうだ。弟よ」
「……そっか」
「ふぇ?」
渋面のカルジュアを見ていたクレアは、背後から来た誰かによってポンポンと頭を撫でられる。
震える顔を動かし覗けば、そこにはいつも面倒臭そうに仕事をしている上司が居た。
「何か良く分からないが……僕に関係したことで、この子たちがこんなことになっていると言うことで良いのかな?」
そしてクレアは知っていた。
眠そうな顔をしている時こそ、上司である彼が一番危ない状況であることを。
(c) 甲斐八雲
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