あ~しんど

 真面目な話も終えたし、後は自然な感じでこの場を立ち去るのみだ。

 出口に向かおうとする僕の進路を塞ぐように前国王が立ちはだかった。


 回り込まれた。逃げられないだと?


「アルグスタよ」

「……大丈夫。今日は大丈夫」

「何の確認だ?」

「だって馬鹿な貴族たちと個人的な話をしただけだもんね。罰金とか発生しないはず」


 自信満々に答えたら……パパンが深々とため息を吐いた。


「罰金は生じないな。確かに間違いではない」

「良し!」

「だが」

「っ!」


 身構える僕に対して、前国王が真面目な顔を向けて来た。


「ドラグナイト家当主に頼みたいことがある」

「……何で御座いましょうか陛下」


 はっきりと分かる国王陛下としての態度と言葉に、僕も臣下の礼で答える。

 この辺の教養は、良く分からないけど勝手に体が動いてくれる。


「此度ヒューグラム家の男子イネルとクロストパージュ家の女子クレアとの婚約の話が出ておる」

「……それは大変にお目出度い話でございます」


 知らん間にすっごい話が出て来たな、おい。


「だがお主も知っていると思うが……ヒューグラム家の貯えでは結納を交わすにも難しいらしい」


 言われなくても知っています。

 が、御父上? 貴方の後ろで、たぶんイネル君のパパンだろう人がマジ泣きしてるよ?


「儂が間を持つので、貴殿にヒューグラム家への貸し付けを願いたい」

「宜しいのですか?」

「構わん」


 深く頷く前国王から次期国王へと視線を移す。

 実際この国の財布を預かっているのは、頭に『次期』と付いているが国王であるお兄様だ。


 僕の視線を受けるなり、彼は優しく頷いて来た。

 つまり王家が、ヒューグラム家に何かあった時は保証してくれると言うことだ。


「ならば無利子無担保でお貸ししましょう」

「それはちと気を利かせ過ぎだな」

「でしたら無利子で……担保としてあの2人の身柄は、しばらくの間アルグスタ預かりと言うことで宜しければ応じましょう」

「……妥当であるな。それで良いかヒューグラムよ」


 パパンの声にイネル君を大きくした感じのする人が深く頷き返して来た。


「寛大なお心づかいに感謝申し上げます」

「うむ。ならばあとはシュニットと話をし、借用額を決めるが良い」

「はい」


『どうぞ』とばかりに次期国王に案内されて2人は部屋を出て行った。

 メイドさんが扉を閉めて……そこで僕らは大きく息を吐いた。


「あ~しんど」

「お前はまた馬鹿をしただけであろう?」


 呆れ顔で国王の仮面を外したパパンがこっちを見る。


「心外なっ! ちょこっと怒ったから全力で喧嘩を買っただけです」

「あれのどこがちょこっとだ」


 苦笑しながらパパンがメイドさんに椅子を準備させてそれに腰かける。

 何故自然な感じでメイドさんの尻を撫でられるのか聞きたい。


「しかし噂に聞くドラグナイトの若造は……本当に容赦がない」

「そっちも心外。手加減したから」


 呆れ顔でパパンの親友がこっちを見て来る。


「あれでか?」

「うん。だってノイエを呼んでないしね」


 あははと笑いだしたクロストパージュのオッサンが、これまた椅子を運んで来たメイドさんの尻を自然に撫でる。

 何ここ? それが普通なの? 丁重に礼を言って椅子に腰かけた僕って実はダメな子なの?


「それにしても……ウイルモット王から今回の話が来た時は正直焦ったがな」

「こっちもです。知らない場所で勝手なことしてさ……あの2人の婚約とかどこから湧いた話よ?」

「うむ。言い出したのはシュニットだな。だが事実ヒューグラム家はその地位に対しての扱いが酷過ぎた。どうにか援助をと思っていた所でお前の企みだ。まさに渡りに船であった」


 カラカラと笑うパパンが、メイドさんから紅茶を受け取りお礼とばかりに尻を撫でる。

 実はここってそう言うお店なのかな? 僕もした方が良いのかな? ノイエラブな僕はしませんけどね。


「何だかあっちこっちで僕の計画に便乗して悪巧みしてるんだよね。馬鹿兄貴なんて脱税とかの書類を持って来るしさ……何なの?」


 愚痴にパパンが苦笑する。


「うむ。これでお主に喧嘩を売ればどれほど痛い目に遭うか皆が知ることとなるだろう」

「……それで?」

「兄たちの矢面に立って誠心誠意仕える忠臣とはなんと美しい存在か」

「良く分からんがイラッとした」


 つまり貴族たちの不満を僕にぶつけるように誘導することで、王家の安泰を計ったのね?


「そうイラつくな。これであの2人は親が認める恋人同士だ。お前に不満は無かろう?」

「そりゃあ……まあね」


 言いたいことはいっぱいあるけど、結果だけ見れば一番良い形な訳です。

 と、忘れてた。


「クロストパージュ様」

「何だね?」


 紅茶を受け取りメイドの尻を撫でているこのオッサンもある意味凄いな。

 流石国王の親友でお尻同盟な人たちだ。


「この度は貴方のご息女をこのような危険な目に遭わせてしまい申し訳ございませんでした。

 彼女が怪我を負ったのは全て上司たる僕の責任です。お詫びの言葉ぐらいで許されるはずも御座いません。必ずや何かしらの形で償わせていただきます」

「うむ」


 腕を組んでオッサンが黙り込む。

 フレアさんやクレアには言ってないが、実は結構クロストパージュ家の当主とは面識があったりする。


 我が家から2番目に多くお金を借りている人ですから。ちなみに1番はパパンです。


「ならば今度ドラゴン退治を依頼する時は」

「喜んでノイエを向かわせましょう」

「いや待てアルグスタ。それはちと困る。具体的に王都の守りに穴が開く」


 チッ。ならば仕方ない。


「でしたらどんな手を使ってでもクロストパージュ様の領地に出たドラゴンを退治すること約束します」

「分かった。それを実行して貰った時に『今回の貸し借りは無し』と言うことで良い」


 鷹揚に頷く相手に僕も一礼を返し、後は軽く会話をしてから座を辞す。


 そろそろイネル君とクレアの様子を見ておきたい。

 大人の階段を駆け足で昇らないように気を配るのも上司の仕事です。




(c) 甲斐八雲

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