自業自得か

 聞いた噂では『喧嘩無敗』と呼ばれた馬鹿兄貴の元で修業を積んだはずのイネル君が、一発殴られて地面を転がった。

 クレアの悲鳴が痛々しく響くが、本日は誰がどれ程騒いでもこの場所に守衛やメイドさんは来ない。


「メイド長が居るからメイドさんが来ないのは理解出来るけど、守衛は誰が止めてるの?」

「シュゼーレだ」

「……おひ。何故にうちの国の大将軍が?」

「何を言っている。この手の見世物は皆仲良くが鉄則だろう? あっちこっちに身を隠して見学しているぞ」


 たぶん僕は一枚噛ませた相手を間違えたのだろう。

 ジトッとした目で馬鹿兄貴を見ていたら、何故か馬鹿がクイクイと親指でメイド長を指し示す。


「話を大きくしたのはそこの化け物だ」

「失礼なことを言う屑王子ですね。後で絞殺しますよ? ……アルグスタ様。誤解無きように。わたくしはただ皆様に協力を求めただけでございます。結果として多くの手助けを頂きました。ただ交換条件と称して見学を希望した人が多かったのであちらこちらで隠れて見ていますが」

「……」


 こっちの世界に来てから娯楽の少なさにビックリしたけどね。だけど良い大人が総出で見学することかな? 僕も声を掛けられたら絶対に乗るけどさ。

 うん。全て娯楽が少ないのが悪いんだな。つまり娯楽を提供すればひと儲け出来るのでは?


「アルグスタ様。何やら楽しげな表情をしていますが……一枚噛ませていただけますか?」

「まだ少し情報を集めて煮込んでからね」

「はい」


 メイド長を味方にしておいて損は無いはずだ。


 気持ちを入れ直して殴られ蹴られて転がっているイネル君を見る。

 多勢に無勢で袋叩きに遭っている。


「ヤバくない?」

「まだ平気だろう。確りと守りは教えたし、何よりあの服の下はドラゴンの皮をなめして作った防具を身に着けている」

「それって刺されたりするのには強い奴だよね? 殴られて蹴られてるけど?」

「……大丈夫だ。男は根性だ」


 馬鹿王子の目が全力で泳いだ。装備の選択を完全に間違ってるやん。

 蛇型のドラゴンの皮は、薄いのに刃物を通さない性質がある。ノイエからそんな説明を受けて実物の皮を見たら、網目状に繊維が走っていて防刃素材チックな作りなのだと理解した。


 ちなみにノイエが蛇型を口から裂く理由は、刃物が通らないので処理する人たちが大変だろうからと2つに裂いているのだ。自分の評価など全く気にせず、ただ思いやりだけでノイエはあんな恐ろしく見られることをやっていた。

 その話を聞いた時は、煙が出そうなほど彼女の頭を撫でてあげたけどね。


 現実逃避はこれくらいに、そろそろ助けないとヤバいでよね。

 下準備として囁いてノイエを呼んでおく。城の尖塔の上に全身が白い感じの正義の味方が現れた。はやっ!


「うわっ!」


 と、イネル君を蹴っていた少年の1人が顔を押さえて仰け反った。

 次いでまた1人、また1人と苦しみ出す。


「コイツ何か持ってるぞっ! ギャッ!」


 パフッと顔面に砂のような物を掛けられて、また少年が1人苦しみ出す。


「出すのが遅かったから忘れたのかと思ったぜ」

「……あれがセコイ喧嘩必勝法ですか」

「セコイは余計だ」


 だがイネル君の反撃は止まらない。ポケットからコショウを掴んでは相手の顔に投げつける。

 あれって食らったことが無いと分かんないだろうけど、目に入ると痛いほど熱くなるんだよね。僕も中学の林間学校の時に悪戯で寝ている所を顔に掛けられて地獄を見たな。


 手当たり次第にコショウを投げつけて、相手の戦力をだいぶ削った。

 遂にイネル君が反撃に打って出る。相手の脛を蹴り、股間を蹴り……テレビとかなら一発アウトな攻撃のオンパレードだ。


「あんな酷いことをしてまで喧嘩って勝ちたい物なの?」

「……第三者として見るとひでぇな、あれ」

「やった本人が言うなよ」


 所詮相手は馬鹿でした。


 だけど腕力に自信のないイネル君は、反撃虚しくまた少年の1人に捕まった。

 羽交い絞めにされて……流石にここからは見ているだけじゃ済まされないな。


「っと、馬鹿弟よ」

「何でしょう?」

「譲れ」

「どうぞ」


 あっさりと馬鹿兄貴に譲る。迷いはない。


「……潔いな?」

「うん。だって僕が用があるのはあの女の子だけだしね。だったら取り巻き共はちゃんとした騎士様が確りと再教育した方が良いでしょう?」

「……そうだな」


 クスッとした割には獰猛な笑みを浮かべ、馬鹿王子が隠れていた物陰から出て行く。

 どうするのかな~と思って見てたら、拳による鉄拳制裁風の再教育だった。




「お前ら……騎士見習いの風上にも置けんことをしているな」


 仲間が数人殴り飛ばされ、彼等はその存在に気づいた。

 コキコキと首を鳴らして近づいて来る人物は、この国で指折りな尊き者だ。


「ハーフレン王子っ!」


 驚愕とその他感情が入り混じった様子で、ハーフレンの存在に気づいた少年たちが直立不動で姿勢を正す。


「何をしている?」


 恐ろしいほどに高圧的で凶暴な気配に、少年たちは全身を縮ませた。


「何をしているのかと聞いている!」


 ビリビリと震える空気に、気の弱い者が怯えてひっくり返る。


「……ただの喧嘩に御座います」


 と、凛とした少女の声が響いた。ハーフレンは視線を動かし声の主を見る。

 カルジュア・フォン・ホーリッドだ。

 齢の割には大人びて見える少女は、王子の視線を受けるや軽く一礼をしてきた。


「少々騒ぎが大きくなりましたが、ただの子供たちの喧嘩に御座います」

「ほう。喧嘩と言うか」

「はい。喧嘩です」


 臆さないその物言いに……ハーフレンは内心少女を哀れんだ。

 素直に自分の行いを認めて反省し謝っていれば、あるいはもっと恐ろしい人物を敵にしなくて済んだはずなのに。


(可哀想だが……自業自得か)


 救いの手は伸ばしてやれそうに無かった。




(c) 甲斐八雲

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