待たせたな

 どんな関係で集められたのか分からない貴族の面々が、城の一室で前国王と次期国王夫妻との対面までの時間を潰していた。ただ知らぬ顔ばかりではない。知り合っている者同士が軽い挨拶から会話を始め、その輪が次第と広がりを見せる。


 問題は有力貴族であるクロストパージュ家の当主と、ヒューグラム家の当主が居ることだ。

 王家との信が厚いクロストパージュ家は、他の貴族から妬ましく思われている存在であるが、その当主たるや人物はとても気さくに話を掛けて来る。下級、中級などの地位など気にせずにだ。


 そしてヒューグラム家の当主は、場違いな空間に居る自分の身を若干呪いつつあった。

 名ばかりの上級貴族である自分の一族は、その本来の役目が大変重く圧し掛かるだけで……正直永遠の下級貴族の方がどれほど救われたことかと何度も思った。


 妻も人事院の紹介で得た下級貴族の次女で、ただ大変働き者であったから不満など無いのだが……そんな妻といつも話すことは、どうか自分たちの子供ぐらいはこの苦しみから脱して欲しいと言うことばかりだ。


 ヒューグラム家当主は、周りの会話の邪魔にならぬよう部屋の隅で置き物になって時が過ぎるのを待つ。


「ウイルモット陛下。シュニット陛下が御成りになります」


 静かに開いた扉からメイドの綺麗な声音が響き、談笑していた貴族たちが口を閉じるとスッと姿勢を正した。


「待たせたな」


 先頭を行くのは前国王にあたるウイルモットだ。新年でその地位を完全に息子へと受け継がせるのだが、現状はまだ国王と呼ぶべき存在である。

 本人はもう王位を譲った気でいるが。


 次いで入って来るのは、次期国王夫妻だ。整った容姿を持つ好青年に手を引かれ入って来るのは、まだ幼き王妃となる少女だ。ただ場を弁えることぐらい徹底的に教えられていることもあり、本来の天真爛漫な振る舞いを見せず、静々と夫となるシュニットと共に歩いて来る。


 この国で最も尊き存在である国王の動向に貴族たちは自ずと目を光らせる。

 貴族たちの中で最も王家と親しいのはクロストパージュ家だと誰もが知ってる。故に国王が彼の元へと向かい挨拶をするであろうと誰もが思っていた。


 だがウイルモットはクロストパージュ家当主の前を通り過ぎた。


「久しいなヒューグラムよ」

「……はっ。失礼ながら領内を出ることが中々かなわず」

「良い。貴殿の一族はその特殊な立場な故に厚遇が出来ん。これは国を預かる者としての失策に他ならない。今後は大きな手助けは出来ないが、貴殿の一族に見合った待遇を約束しよう」

「……恐れ多いお言葉に御座います」


 直角になるほど頭を下げる相手の様子にウイルモットは軽く笑って、気軽に会話を続ける。

 驚いている貴族たちを尻目に、次期国王までもが貧乏で有名な上級貴族に挨拶をしたのだ。


「クロストパージュの。相変わらず女の尻を追っているのか?」

「それは陛下でございましょうや」

「失礼なことを言うな。儂は追ってはおらん。近づいてきた者に声を掛けているだけだ」


 ヒューグラム家への挨拶が済むと次いでクロストパージュ家へと挨拶が進む。その場に居る貴族たちは国王の態度から、王家が過去の言葉を忠実に守っていることを知る。


『国王陛下に対して発言権を持つ一族』


 ヒューグラム家の呪いと思われていたそれは、羨望の存在へと姿を変えた瞬間だ。

 と、


「シュニット様。あちらで何か」


 いつの間にかに窓際に移動していた次期王妃がそう言って夫を呼ぶ。

 ウイルモットも足を向けたので、貴族たちも釣られて窓へと体を向けた。


 軽く近寄れば……眼下に見えるはまだ若く幼い者たちの言い争いであった。




「何するのよ!」

「それはこっちの言葉だ!」


 上背の無いイネルは小柄な部類に入る。クレアよりかは少し身長が高いが、カルジュアと比べれば明らかに劣る。それでも彼は自分の背中で泣いている少女を護り立つ。


「大勢で一人の少女に暴力を振るうだなんて、それでも君たちは騎士見習いか!」


 カルジュアを含む取り巻きたちは、その言葉にクスクスと笑いだす。


「ええそうよ。だから何?」

「……騎士見習いなら騎士らしく振る舞うことが大切っ」

「馬鹿馬鹿しい」


 イネルの言葉にはっきりと拒絶し、カルジュアは自分より背の低い相手に対して腰を折り睨みつける。


「良い? 騎士なんて存在は、その場その場でそれらしく振る舞っていれば良いのよ。人間だもの……いつもいかなる時も騎士の教えに準ずるなんて出来ないわ」


 言って少年の額にピシッとデコピンを食らわせる。

 弾かれた額を押さえ一歩退いたイネルは、自分の背中に感じる存在を再確認した。

 ブルブルと震えている存在に……泣いてしまいそうになるほどの憤りを感じた。


「だからってこんなに大人数で1人の少女を囲い脅すなんてことは、人として許されない」

「……はいはい。なら真面目な騎士様の立ち位置は貴方に譲るわ」


 会話するのも嫌だと言いたげに、カルジュアは自分の後ろに居る取り巻きたちに目を向けた。


「私がやると疲れるから……この馬鹿な英雄気取りちゃんも"教育"してあげなさい。この子も確かアルグスタ様の部下のはずよ」


 お許しが出たとばかりに男たちがわざとらしく高圧的に近づいてきた。




(c) 甲斐八雲

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