爆弾を放り込まれた

「お帰りなさいませ。ハーフレン様」

「ああ……」


 帰宅し玄関の扉を潜ると、彼女が出迎えてくれる。ドレス姿の新妻であるリチーナだ。

 この時間にまだちゃんとしたドレスを着て居ることなど珍しいのだが、今日は何かあったのかその珍しい姿を見ることとなった。


 彼女は普段動きやすい格好をしては、ハーフレンが趣味で集めている駿馬の一頭に跨り城下や王都の近郊を見て回っている。護衛を務める騎士たちからも『もう少し自重を……』と申し出があるが、今まで実家の領地内で好き勝手やって来た彼女を止めるのは中々に難しい。だからハーフレンは好きにさせている。


 唯一彼女に出した条件は『騎士たちの停止合図は必ず聞くこと』だ。

 実戦経験が多い王都の騎士たちの判断は的確で誤りが少ない。故に彼らの指示に従うことが身の危険を回避することに繋がる。


「ドレス姿など珍しいな」

「はい。遠縁の親戚が出向いて来まして」

「そうか……それで何を求められた?」

「……仕事ともう少し上の地位です」


 呆れ果てた様子で彼女は頭を振る。

 その様子を見てハーフレンは軽く笑い、妻を伴って廊下を進むとリビングへと向かった。


「お食事は?」

「後で軽く食べる。……お前はどうした?」

「はい。軽く済ませました」

「普通待ったりしないか?」

「いつ帰って来るか分からない相手を待っていてはこちらの身がもちません」

「悪かったな」


 相手の皮肉を聞きながら共にリビングへと入り、向かい合う形で座ろうとする相手の腕を掴み引き寄せる。

 周りの目など気にしないで彼は妻を抱き寄せてソファーに腰かけた。


「……どうかなさいましたか?」

「嫌か?」

「……いいえ」


 ただ突然のことでどう反応したら良いのか分からないリチーナは、ギュッと全身を強張らせるのみだ。

 知識などは王都に来る前に年増のメイドたちから色々と聞かされ学んで来た。だがそれは全て耳で得た知識であり、経験などしたことが無いから緊張から喉が渇いて来る。


 手に取るように相手の緊張を知り、ハーフレンは何とも言えない気持ちに陥る。だがその気持ちを振り払うかのように軽い口調で言葉を続けた。


「それで今日来た親戚共はどうだった?」

「……実家の父が会わない理由が分かりました」

「それ程か?」

「はい。何の努力もしないで富だけ得ようとする愚か者たちです。私ももう会うことは無いでしょう」


 見た目が大人びているが、リチーナはまだ若い。

 だから好き嫌いをはっきりと口にしてしまう。それは美徳であり欠点でもある。


「そう言うな。下手に恨みを買うと外で遊べなくなるぞ?」

「……」


 軽く相手を抱きしめ直し、ハーフレンは相手の顔を覗き込む。

 頬を紅くして視線を逸らすリチーナの様子は初々しい。


「だから会う回数を減らして何か言われればこう言うと良い。

『余り我が儘を言うと夫が全てを調べると言い出しそうで……宜しいでしょうか?』と。

 俺の名を知っていればそれで無茶を止める。それでも馬鹿なことを言うなら本当に調べてやるまでだ」

「……分かりました」


 不承不承といった様子で頷いた彼女は、ジッと見つめて来る夫の視線にいたたまれなくなって身を捩る。結果として着ているドレスが少しずつ開けることになる。


「誘っているのか?」

「~っ!」


 声にならない怒りの声を発する妻に笑いかけ、ハーフレンは彼女をもう一度抱き寄せる。


「先に風呂を済ませて寝室で待っていろ」

「……はい」


 覚悟を決めた様子でリチーナは小さく頷いた。




 これでもかと一晩中ノイエに甘えて眠い目を擦って登城すると、僕の机を磨くメイド長の御姿がっ!


「失礼しました」

「お待ちくださいアルグスタ様。その反応は何を物語っているか……返答次第では怒りますが?」

「若くて美人なメイドさんが掃除をしているのかと思っただけです。本当ですよ?」

「……」


 怪しむような相手の視線が怖い。

 愛想笑いを浮かべつつ、出来るだけ相手との距離を測りながらソファーに腰かける。

 机には向かえない。ラスボスがまだ磨いているからだ。


「それでメイド長。どうしてこんな時間から?」

「ええ。王妃様が昨夜吐血して、本日は絶対安静を申しつけて来ましたので暇なのでございます」

「吐血って……何したのよ?」

「はい。『私だってこれくらい!』と言ってお風呂で泳ごうとして見事に沈んだだけにございます」

「何故それで血を吐くのかを問いたい。何より何故泳ごうとする……」


 王妃様は若々しいと言うか幼いと言うか……メイド長に聞いた限りでは自分のことを"20歳未満"だと信じて疑っていない。それでもお風呂場で泳ぐ齢じゃ無いよな。


「それでアルグスタ様」

「……何故迷わず隣に座るか聞きたい」

「はて? こんな美人で仕事の出来るメイドを隣に置いて嬉しくないと?」

「……僕の隣はノイエ専用席です」

「それは仕方ないですね。なら今だけその席を叔母である“私”が借りましょう」


 スッとメイド長が叔母様であるスィークさんに切り替わった。


「実は今日はアルグスタに頼みがあって来たのです」

「当初暇だからと」

「何か?」

「何でもありません」


 物凄く怖い目で睨まれたら何も言えませんって。


「で、何でしょう?」

「ええ。貴方の所に居るヒューグラム家のご子息を私の知り合いの娘と見合いさせたいのです」

「……はぁ?」


 朝からとんでもない爆弾を放り込まれた。




(c) 甲斐八雲

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