する

 ユニバンス王国内、北西部街道(帝国領方面)



「あの~。申し訳ございません」

「うおっ! ……人か? どうしたお嬢ちゃん? こんな場所で……1人か?」

「はい」


 帝国へと通じる街道の片隅で、ユニバンス所属の隊商と護衛の兵たちは1人の少女と出会った。

 両手で荷物を持ち小綺麗な感じの若くて美しい少女だ。


「こんな場所で1人とは……ドラゴンに乗っていた馬車が襲われたのかい?」

「いいえ。違くて……道に迷ってしまって」


 その様子から護衛の兵士はそう判断をし、そして壮絶な勘違いを始めた。

 普通このような危険な場所に少女が1人で生きている事自体、奇跡に等しいことなのだから。


「ああ良いんだ。きっと大変な目に遭ったんだろうね。お~い。商人さん。誰か女手を回してくれないか? この子が怪我をしていないか確認して欲しいんだ」

「あっあの~。怪我などしてないです」

「遠慮なんてしなくて良いぞ。こっちに来て休むと良い」

「あの~」


 勘違いをした兵士が次々と手配し、少女は自分の主張を口に出来ず荷馬車へと運び込まれた。

 隊商の女たちの手を借りて綺麗にされてから、この馬車は一度帝国領の街に行ってからユニバンス王都へ戻ると知り、もうこれ以上の"迷子"を恐れ行動を共にすることとした。



 彼女の到着はまだしばらくかかりそうだ。




「アルグ様」


 トトトと歩いて来たノイエが軽く飛んで抱き付いて来る。

 彼女の背中に手を回してギュッと抱きしめ、そのまま城門の陰に移動してチュ~ッとノイエ成分をたっぷりと補充する。


 正規の手続きを踏まずに押し入る彼女が、城門の守衛たちの突き出された槍を華麗に回避した姿を見た気がするがたぶん気のせいだ。毎日あっさり突破されているんだからそろそろ無駄だと気付いて欲しい。

 実は槍を突き出すことで本人確認をしているのだろうか? 突破された守備兵さんたちが涙ながらに『そろそろ弓矢を使っても良いですか?』と上官に質問していたが、ノイエの場合飛んで来る矢ぐらいなら華麗に回避する。


「ん~」


 甘えて来るノイエの頭をウリウリと撫でていたら、後頭部をグリッと押された。

 我が愛馬たる"ナガト"が、『早く乗れ。帰るぞコラ~!』と言いたげな目でこっちを見ている。


 大飯ぐらいの巨馬だが、頭が良くてノイエの言うことには絶対服従の馬だ。

 名前は僕が決めた。大きいから"ヤマト"では無くて"ナガト"にした。1番じゃ無くて2番の方を名付けたいお年頃なだけだ。

 ご主人様の楽しみを奪おうとする不逞な輩は後でノイエに言って叱って貰うぞ?


 2人で馬に乗り、後はナガトにお任せする。

 暗くなったら家に帰れば良いを学んでいるナガトは、手綱を操る必要もなく勝手に歩いて勝手に馬小屋へ戻る。つまり僕らは何者の邪魔を受けることなく仲良くしていられるのだ。


「うりうり」

「ん~」


 ノイエの顎の下を猫のように撫でていると彼女が凄く甘えて来る。


 前回のお触り禁止以降、彼女の密着率が半端無い。食事も隣だし、お風呂なんて下手をすると僕の膝の上に座り始める。

 夫婦だから問題は無いんだろうけど、お風呂のお湯はメイドさんたちも使うから汚すのは気が引ける訳です。で、結局寝室に戻るなりベッドに直行。


 ……僕は今、ノイエと言う存在によって腑抜けにされていないだろうか?




 スヤスヤと寝ているノイエの寝顔を見ながら、とりあえず日課となりつつある魔法書を手にする。

 書かれている文章を読みながら、何となく今日フレアさんから聞いた話を思い出す。ついでにメイド長のことも思い出したが、そっちは『そのうち王妃様の所に遊びに行く』で納得して貰った。


 さて……軽く今日聞いた話を纏めるかな。

 早々に読み飽きたので魔法書を畳んで思考を走らせる。

 思い出すのはフレアさんから聞いた話だ。


 カミーラさんはクロストパージュ領の出身で、病気で両親を亡くしクロストパージュ家に拾われてそこで育ったらしい。魔法使いの素養はあったらしいが、魔力量が少なくて騎士になるべく王都へ向かった。

 一般の兵士から駆けあがり騎士見習いになるまであっと言う間だったとか。

 会得していた魔法の属性は強化系で、その辺にある物を強化し武器にしていたそうだ。


 悲しそうに言ってたフレアさんの表情が印象的だったが、カミーラさんは戦場で狂ってしまったそうだ。


 戦うこと、傷つけること、殺すことに心酔してしまい……付いたあだ名が"串刺しカミーラ"だ。

『厳しくて手厳しい人だったけど……心根は優しかったんですよ』とカミーラさんから剣の手ほどきを受けていたフレアさんは終始そう言っていた。

 だが彼女は敵対する国々から恐れられ、そして自国の兵からも恐れられた。


 まるで戦果を誇るように自分が殺した敵国の兵士を串刺しにして並べる。あるいは串刺しにして飾り立てる……そのような行為を嬉々として行っていたらしい。

 彼女は増々孤立し、最終的には謹慎処分となって戦場から引き剥がされた。


 フレアさんもあの日のことは詳しく知らないらしい。


 ただ報告書通りカミーラは……名前も知らない武官が指揮する100人の部隊と衝突してこれを皆殺しにした。味方部隊の全滅の一報を聞いて急行して来たシュニット王子の部隊と対峙、だが彼女は『雑魚ばかりだね。本当に』とつまらなそうに呟いて投降したらしい。


 後は書類上では処刑。でも生き残って例の施設へと送られた。


「過去を紐解くほどに不可解で嫌な気分になるな……本当に」


 手にしていた本をベッドボードに置く。

 癒しを求めてノイエの寝顔を見ながらそのツヤツヤとした肌を触る。しばらく撫でていると、パチッと彼女の目が開いた。


「アルグさっ」

「する」


 ガオーっとノイエに襲いかかって返り討ちにされたけど……まっ良いか。




(c) 甲斐八雲

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