お前の部屋はケーキ屋か?
「クレア。どうしたの?」
「……はい?」
「頬の所」
書類を抱いて執務室に入って来たクレアを見て気づく。
急いで駆け寄り慌てている彼女を無視して頬の具合を確認する。
擦れたのか、少し皮膚が剥けていて血が滲んでいた。
「……転んでしまって」
「馬鹿だな。顔面から行くなって。顔面から行って怪我をしないのはチビ姫ぐらいなんだから」
「はい。……気をつけます」
やっぱり女の子だから顔の傷は気になるのか、クレアが泣きそうな表情を見せる。
とりあえずハンカチを取り出してポンポンと上から軽く叩く感じで傷口のゴミを取る。
「誰か。軟膏貰って来て」
「はい」
部屋の外に待機しているメイドさんにお願いし、クレアが抱いてる書類を回収して彼女をソファーに座らせる。
「大丈夫です。これくらい」
「ダメです。女の子の顔に傷は……それでなくてもお漏らしクレアの場合は貰い手が居ないんだから」
「……殴りますよ?」
泣きそうだった顔が怒った顔に変わる。
女の子の泣き顔よりも、こっちの方がまだ見てて精神的に良い。
「何を言う。結構頑張らないと君は、将来ミシュのような孤独を愛する女に」
「って、たまに顔を出したら私の居ない所で物凄い悪口をっ! ちくしょ~っ! 隊長の胸を揉んでやる~っ!」
部屋の入り口にちっさくて薄い生き物が姿を現したと思ったら、書類を床に叩きつけて消えた。メイドさんが何食わぬ顔で床に広がる書類を集めて僕の机に置いて行く。
「……ああなりたく無かったら顔の傷はダメだよ?
胸は……明かりの無い場所に相手を誘い込めば問題無いから」
「何なんですか! その助言はっ!」
メイド長が教えてくれた貧乳の人が頑張る為の戦場構築術です。
曰く……『暗ければ勝ち。見られなければ勝ち。やり始めたら胸の大きさなんて気にする男は居ない』だそうです。
憤慨するクレアをからかいつつも、メイドさんが持って来てくれた軟膏を塗ってお終い。
らしく無いほど素直に傷の手当てを受けたクレアが、ペコペコと頭を下げて机へと戻る。
何でしょうね。なんか最近のクレアは元気が無いな。
「……ケーキ食べる?」
「…………はい」
何とも言えない表情でこっちを見て来たクレアは顔を背けて頷く。食欲はあるのに元気がない。
「つまりイネル君が居ないから寂しいのか」
「かっ……関係無いでしょ!」
顔を真っ赤にして怒り出した。やはりこっちか。
イネル君は最近休み無しだったから三日ほどお休みしている。クレアの場合は女の子だから定期的に"あれ"の都合お休みがあるけど、男の場合は働こうと思えば毎日でも働けるしね。
そう考えるとノイエの祝福って鬼仕様だよな。
「寂しいならイネル君の寮に遊びに行けば良いのに。ん? 何なら次の日休みにしても良いよ?」
「休み? ……何てことを言い出すのよっ!」
「何も言ってませ~ん。勝手に想像したのはクレアです~」
「くぬぬぬぬぬっ!」
あ~。本当にクレアってからかい甲斐があって面白いな。でもクレアとイネル君がそういう仲になると実際どんな問題があるんだろう? その辺の貴族関係の事柄は……後でメイド長に会ったら聞いてみるか。
チビ姫が頻繁にお城で遊ぶようになってからメイド長の出没率が高くなった。メイドさんたちは生きた心地がしないらしいが、僕としては意外と物知りなあの人に色々と質問出来て助かる。
まあデフォルトで脅迫染みた行為を食らうけどね。
とりあえずお仕事お仕事。
メイドさんにクレアの分のケーキを頼んで、さっさと仕事に戻る。
しばらく真面目に仕事をしていたケーキと一緒に馬鹿が来た。
「お前の部屋はケーキ屋か?」
「ケーキ屋のオーナーであることは否定しないぞ?」
王国有数の資産家であるドラグナイト家の財力をもってして、王国一と呼ばれるケーキ店ブロストアーシュを買い取ったから間違ってはいない。
あの店の職人は良い腕の人が多いからこれからも頑張って欲しいのです。で、心優しきオーナーさんはそんな彼らに店を買い取った時こう告げたのです。
『良い物を作るのにお金がかかるのは知ってます。だが遠慮せずに作って下さい。僕はとにかく美味しいケーキをノイエが喜んで食べる姿が見たいから!』
結果として、『お嫁さんのおやつの為にとんでもない金額を支払った愛妻家』としてまた一つ伝説を作ってしまったよ。
「で、何ぞ?」
「ああ。国王の執務室に集合だ」
余分に持って来てくれたケーキを抓みながら馬鹿兄貴がそう言いやがる。
「で、クレア。頬のそれはどうした?」
「……転んで」
「気をつけろ。顔面から行って怪我しないのはチビ姫ぐらいなんだからな」
馬鹿兄貴も僕と同じことを言っている。
確かにチビ姫は顔面からこけてもほとんど怪我をしない。何か特別な能力を持っているのかとすら思うくらいに。
「ほら行くぞ」
「……チッ。行きたくないから誤魔化そうとしたのに」
「諦めろ馬鹿。あと適当に茶請けを持って来い」
「だからここは店じゃない。ただの執務室だぞ?」
仕方なく備え付けの飾り棚の中から焼き菓子が詰まった箱を取り出す。
基本我が夫婦は意識しないで各方面に迷惑をかけることが多いから、こんな風に各種色々な日持ちするお菓子の箱が置いてあるだけです。
お菓子が無ければ僕の執務室に行けばあると言うのはこのお城でも有名だけどね。で、良くチビ姫が棚の箱に嚙り付いてメイド長に尻を叩かれながら連行される様子が目撃されるけどね。
……本格的にお城の中で店でも作るかな。
(c) 甲斐八雲
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