知ってるよね?

 ユニバンス王国王城内蔵書庫



 フレアは手にした古い資料の束に一度目を向け内容を確認する。

 今度の授業で見本として使う為に探し出した税金に関する物だ。

 税金の流れを説明し、それがどんな風に国の中で巡回するか……そして悪いことをしたらどうなるのかを子供たちに教える予定にしている。


「その資料が3代前の我が家と言うのも……まあ他家の物を使うのは波風が立ちそうですし……」


 何度もそう自分に言い聞かせ、フレアは林立する本棚の間を見て回る。

 特に何か増えた様子は無い。最近は取り潰しになった貴族が何個かあったから目新しい本が寄贈されていないかと思っての行動だ。


(ただミシュが動いたのは……焼いたりしていたから無理よね)


 それ以外にもあったはずだが、蔵書が増えている気配はない。

 諦めて書庫を出て行こうとした時、不意に何か声が聞こえた気がして足を止める。


(うめき声?)


 一瞬聞こえた物がそんな風に思える音だった。

 フレアは自然と唾を飲み、自分の服装を確認する。いつも通りの仕事着……皮鎧姿だ。


 そっと左手を背後に回し……鎧の背中部分に取り付けてある物を確認する。

 自分の師である"彼女"から貰ったそれを指先で確認し解き放つ。

 普段は長い金髪で隠れているそれは静かに広がり落ちる。黒い……影のように畳まれた布だ。


 静かな足取りで辺りの様子を伺いつつ、フレアはその表情をどんどん殺していく。死に続ける表情は、冷たい人形のような無機質な物にまで変化する。

 だが彼女からすればそれが本来の表情だ。10年前から自分の顔となってしまった物だ。


 確実に聞こえる音に気を配りながら……本棚の陰からそっと覗き込む。

 そして目を点にした。

 何故か自分の上司が狂ったように机に頭を打ち付けていたのだ。


「アルグスタ様?」

「……フレアさんか」


 数度か頭を打ってから彼女を見る彼の額は、叩きつけ過ぎたせいで赤くなっていた。


「……何を……いいえ。聞かないでおきます」


 漠然と身の危険を感じ、フレアはそっと左手で広げた布に魔力を流し綺麗に畳むと、その場から立ち去ろうとした。

 だがアルグスタがそれを許さなかった。


「丁度良かった。フレアさんなら知ってるよね?」

「存じません。失礼っ」

「命令。知ってるよね?」

「……」


『命令』と言う文字を出されると、生粋の騎士であるフレアとしては従わざるを得ない。

 深く深くため息を吐いて……フレアは諦めて彼の向かい側になる椅子へと歩き出した。




「串刺しカミーラですか」

「うん。何か知ってる?」

「……」


 正直答えたくないが、フレアは生憎と彼女を知っていた。


「知ってます。人並みにですが」

「うん。なら知ってることを教えて頂戴」

「……どうして調べているのかお聞きしても?」

「ん? 10年前の事件と言うか、出来事を個人的に全て調べているだけだよ」


 あっけらかんと答える上司に、フレアの頭がズキズキと痛んだ。


「失礼ながらアルグスタ様」

「はい?」

「あの事件は国民や兵士などがたくさん死んだ痛ましい物です。それを興味本位で調べていると聞いて、流石に私も素直に手を貸すことは出来ません。失礼し」

「グローディア……は知ってるよね?」

「……」


 席を立とうとしたフレアは、その言葉に自分の発言を遮られそして足も止められた。

 それほどまで彼の放った言葉はフレアの心を揺さぶった。

 彼女の遺体が偽物であると知っていたから。


 何故かチラチラと視線を散らす上司の様子が気になったが、余程内密にしたいことなのかメイドの存在でも気にしたらしい。

 ただフレアの感覚では、この場には自分と上司しか居ないはずだ。


「……実は彼女の物らしい本が見つかってね。それを現在調べてます」

「本とは?」

「内緒。あっ馬鹿兄貴への報告もダメね。この件は僕1人で調べるから」

「……理由をお聞きしても?」


 どこか掴み所が無い時のある上司は、頬を掻きながら視線を彷徨わせる。

 上司たる彼が少し蒼ざめて見えるのは、やはり危ない内容なのかもしれない。


「僕って一応王家を出た王族でしょ? それだったら身内のことを調べてても良い訳は成り立つと思うんだ。『王位継承権について怪しい点が無いか調べてます』とかそれっぽく聞こえるでしょ?」

「まあ……だいぶ苦しくて不敬な物言いですが」

「不敬なのは前からだし問題無いでしょ?」


 前からなのがむしろ大問題にすら思える。

 だが自分の前に座る上司は、いつも通りやる気のあるのか無いのか分からない表情に戻った。


「だから僕がそれを調べる。馬鹿王子が調べると……大事になるしね」

「共和国が探って来ると?」

「ま~ね。でも僕が調べても探って来るのは分かってる。分かってても僕には誰よりも信じられるお嫁さんが居ますから」


 ニコニコと笑ってそう言い切る彼の全幅の信頼……そこまで相手を信じられる姿がフレアには眩しく見える。そして考えてしまう。『自分は"彼"を、まだ"彼"を愛していた時……そこまで信じていただろうか?』と。


「余り隊長をドラゴン退治以外で呼び出さないで欲しいのですが?」

「呼んでませんて。ノイエの方が勝手に来るんです」

「……そうですか」


 ため息一つ吐き出し、フレアは暫し熟考する。

 確かにハーフレンがグローディア姫のことを調べるのは都合が悪い。

 彼女を捕えに行った父親でもある国王ウイルモットの行動を疑問視する行為にも等しい。


 だからと言って上司が動くのは……と、そこでフレアは気付いた。

 彼の行動原理は全てにおいて妻であるノイエが中心であると。


「隊長に何か関係しているのですね?」

「さあ?」

「隊長が居た施設に関係しているのですね?」

「分かりません」


 踏み込めれば踏み込める。しかし余計なことを言えばこちらの首も締まる。

 フレアはため息を吐いて折れることにした。


「分かりました。知っていることを話します」

「ありがとうフレア……さん」


 一瞬呼び捨てにされた気がしたが、彼が慌てて咳き込んだ。

 唾でも気管に入ったのだろうか?




 あぶな~。メイド長が差し出すカンペをそのまま読んでたら、危うくフレアさんを呼び捨てにするところだったよ。何だかんだでフレアさんも怒らせると怖いからな。

 問題はグローディアの本の件をどうメイド長に対して言い訳すかだけど……『ノイエが手放さないので』と行こう。


 ……僕の周りで僕に優しいのは、本当にノイエだけだな。




(c) 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る