ズルいなっ!

 いつも通りベッドに寝っ転がって握る教科書を見ながらブツブツと呟き続ける。

 これをほぼ毎晩のようにやっているのだけれど……効果はまだ無い。


 最初は隣でこっちの様子を見ていたノイエも、最近では大人しく寝るようになってくれた。

 全裸の彼女が隙だらけの様子でこっちを見ていると、僕のやる気が違う方に向くから寝てくれるのは正直助かる。


 だが世の中は中々にして甘く出来ていない。

 ふらりとアイルローゼ先生が出て来て本を読み始めたりする訳です。

 最近は本ばかり読んでいる気がするけど、僕がお願いしたプレートはどうなったのだろう?


「先生」

「……なに」

「プレートの方は?」

「……図面だけなら頭の中に出来てるわ。ただまだ手直しが出来るはずだから、色々な角度から見直しているの」

「てっきり行き詰って息抜きしているのかと思ってました。いぐっ! ちょっ……ここはダメだって……」


 ナイスなコントロールで彼女が放った本の一冊が僕の股間に命中した。

 男性諸君なら分かってくれる苦痛に全身を震わせて、とりあえず股間を押さえて涙する。


「確認もしないでいきなりプレートに書き込むなんて馬鹿のすることよ。

 出来上がったら何度も確認して、それから数日置いてまた確認して、色々な魔法書を適当に見てからまた確認をして……そんなことを何十回と繰り返して些細なミスでも徹底的に取り除く。こうすることで術式の精度は上がって良い魔法になるの。

 で、私が真面目に話しているのに股間を押さえて震えているとか……とうとう魔法書相手に欲情するようになった?」

「酷い。あんまりだ」


 金的の痛さは口では言い表せないほどの苦痛なんだからな。

 腰の後ろをポンポンと叩いて気休めとする。


「で、いつ頃出来そうなの?」

「そのうち出来るわ。たぶんどっかの欲情男が魔法を使えるようになるよりも先にね」


 にゃろう。その体は僕のお嫁さんの物だから襲っても問題無いんだぞ? 本当に欲情して襲っちゃろうか? "最低にして最悪"と名高い先生を相手に生き残れる自信は無いけど……。


「先生?」

「何よ。股間が痛いなら自力でどうにかしなさい」

「その手で揉んでくれれば……冗談ですからっ! 辞書は純粋に打撃武器ですからっ!」


 広辞苑ぐらいの辞書とか投げられた日には、僕の股間が大惨事だよ。

 机の上積み重なっている本の山にその辞書が戻ってくれた。


「先生に質問が」

「……なに」

「先生の『最悪』とか『最低』とか言われる術式って何なんですか?」


 ちょいちょい耳に挟むけど、どんな効果か知らないのよね。聞いても誰も教えてくれないし。

 と、ノイエの姿をした彼女がこっちを見て、やる気の無さそうな表情で息を吐いた。


「自分の手の内を晒す魔法使いは居ないわ」

「ですよね~」


 知ってたよ。本当だから……マジで知ってたんだからね!

 心の中でツンツンキャラを演じて自分に言い訳してみる。

 ……教えたりしちゃダメなんだ。ちゃんと覚えておこう。


 そこでも会話も途切れたので、お互い自分の作業に戻る。

 しばらくブツブツ呟き続けていると、彼女がベッドの傍まで来ていて僕の隣に腰を下ろした。


「魔法書以外に買いたい物があるの」

「別に良いけど」

「……そこそこ値が張るわよ」

「良いって。つかドラグナイト家の稼ぎの大半はノイエだしね……彼女が先生の為にお金を出し渋ったりすると思う?」

「そうね。あの子なら全部持って来て『使って』って言うわね」


 らしく無い表情を浮かべて彼女が自分の胸に手を当てる。

 ノイエの笑顔自体レアなんだけど……それを作った人物が先生とか激レアっす。


「ならプラチナのプレートを適当に10枚ぐらい買っておいて」

「うおっと。金額よりも買うのが厄介な物をサラリと注文ですか?」

「出来ないの?」

「ノイエの鎧の製造分の収集が落ち着いてれば大丈夫だけど……」


 余り大量に買い込み過ぎると、『ドラグナイト家は何してるんだ?』とか噂が起こりそうだしな。


 と、先生が僕の胸に手を置きスッとこっちを見つめて来る。透き通るような赤い目がとても綺麗だ。

 そして可愛らしく笑って小首を傾げて来る。


「ダメ?」

「ええい! ズルいなっ!」

「なら最初から素直に頷いておきなさい」

「分かった。分かりました」


 難しくても先生には逆らえないしね。

 話は終わりとばかりに横になろうとする先生に手を伸ばし捕まえる。


「何よ。欲情したのならノイエと変わるわ」

「じゃ無くて……最近先生しか出て来ない気がするんだけど何かあったの?」

「……」


 スッと目を細めた彼女が僕を睨んで来る。


 ……何か変な地雷でも踏み抜いたでしょうか? でも最近はグローディアもファシーも出て来ない。シュシュは出て来ると扱いに困るから出て来なくて良いけど。


「忘れたの?」

「何がでしょうか?」


 呆れた様子のため息は止めて~。


「誰かが『異世界人』だと言うことがノイエの中にも伝わって、グローディアが貴方の始末を全員に訴えて審問会のようなことをしたのよ。

 王妃の所から帰って来た晩……よく眠れたでしょ?」

「えっあっうん。グッスリと昼まで」

「あれはグローディアが貴方に眠りの魔法を使ったからよ」


 確かにあの日グッスリと寝た。

 でもそれは久しぶりにノイエと頑張ったからで……違うの?


「始末とは?」

「言葉の通りよ」


 ノイエを溺愛していたらしいけど、その夫をマジで殺そうとするか? こわっ!


「話し合いの結果、大半は棄権。残りで競い合って……最終的に僅差で様子見に決まったわ」


 僅差なの? 僕の命って薄氷の上に存在してますよね?


「レニーラとかシュシュが冗談で処刑の方に回った時は流石に『死んだ』と思ったわ。でも私とファシー。それとパーパシに……」


 先生の目がちょっと泳いだ。何故?


「カミーラが貴方を生かす方に投票したの。結果生き残れたけど……あの根っからの殺人鬼が打算なく動く訳ないからそのうちに高い利子を払うことになるわね」

「えっとカミーラって、あの?」


 僕の記憶が確かなら、その名前は先生に次いで、


「ええ。串刺しカミーラ。私の次に人を殺した化け物よ」


 やった~。大正解っ! ってマジか~っ!




(c) 甲斐八雲

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