[ピー]が[ピー]して

 ハーフレンはゆっくりと庭の芝生を踏みしめて歩みを進める。

 今となれば兄の住まいとなっている屋敷であるが、成人するまでは彼女と共に過ごした場所だ。

 本来の意味で実家と呼ぶに相応しい場所だからこそ、メイドたちも何も言わず彼を通す。


 兄弟とは言え本来なら家長に伺いを立てなければいけないはずだが、この場所に住む人物に会いに来たと言えば許しなど要らない。

 王妃であり母親でもあるラインリアが居るからこその暴挙だ。


 視線の先では大陸屈指と謳われるドラゴンスレイヤーが姿隠しの布を乱暴に捲り中に入って行った。

 その近くで待機しているメイド長……化け物がどこからか取り出した短剣を両手に持ち、突撃の態勢を作っている。きっと何かあれば踏み込み身を挺して守る気でいるのだろう。


 チラッと彼は視線を腰の物に向ける。いつもの通りお飾りしか腰に佩いてない状態だ。

 こんな玩具であの化け物同士の戦いに割って入るのは不安がある。だがいざとなればやるしかない。

 しかしメイド長は手の中の武器を消し、面倒臭そうに新たなる来客者に視線を向けてきた。


「何かご用でしょうか? ハーフレン王子」

「メイドの振りは要らんよ。親父からお前の正体を聞いた」

「そうですか」


 一呼吸も置かず接近して来た叔母が、スッと恐ろしいほど凍てつく目を向けて来る。


「……なら息子夫婦との語らいの場を邪魔するなこの糞ガキ様。さっさと視線の前から消え失せて下さいませ」

「正体どころか本性を晒すな化け物が」


 キッと視線を向けて来るメイド長の手にまた短剣が生じている。


「珍しい服を着ているな? コルセットで体を締め付けないと、そんなドレスも着れないほど中身は醜く弛んだ肉の塊なのか?」

「いえ。これでも着やせする方です。それとこれは皮鎧」

「左様で」


 足を止め、全身から怒気を発する甥っ子は、軽く顎をしゃくる。


「表に出ろやこの糞ババア」

「息の根止めてやるっ! この糞ガキっ!」




 ノイエに待てをさせていたら、外から物騒な会話が聞こえて来た気がする。

 もし馬鹿王子が殴り込みに来たらメイド長がどうにかするとか言ってたけど……本当に来たのか? ある意味勇者だな。死ななきゃ良いけど。


「ノイエ。いきなり触るのはダメだからね?」

「……はい」


 ちょっと見た感じがあれだったから、ノイエも反応したんだと思うけどね。もしこれ以上暴れるようなら後ろから抱きしめて動きを封じよう。

 ……そうすると合法的にノイエを抱きしめられるのか。ちょっと暴れても良いかな?


「ごめんなさいね。私も最初に言っておけば」

「大丈夫です。ノイエはその……好奇心が強いので」

「うふふ。良いのよ。私のことをドラゴンだと思ったのでしょう?」


 柔らかく笑う王妃の顔半分……右上から左下に斜めな感じで皮膚が違う。

 半分は人、もう半分は爬虫類のような鱗染みた感じだ。

 首の辺りにも同じ皮膚が見えると言うことは、体の方もあるいはそんな感じなんだろう。


「気持ち悪いでしょう?」

「いいえ。大丈夫です」

「……平気」

「良かった」


 本当に嬉しそうに彼女は笑う。


「こんな姿になってしまってから人の目が怖くなってしまって……それ以来ずっとここで暮らしているのよ。周りには子供たちが居るから寂しく無いのだけれど、この姿を見せるのは少しね」


 笑顔が少し涙色に変わる。

 と、またノイエが王妃様に近寄ろうとし始めた。


「ノイエ?」

「平気。触るだけ」


 だからそれが問題だと言いましたよね。言ってなかったっけ?


「そんなに興味があるの?」

「……触れば分かる。ドラゴンの皮膚」


 以上説明終わり。

 ノイエの言葉に困った様子で王妃様がこっちを見る訳です。

 ごめんなさい。今の情報量で完璧に通訳とか絶対に無理。


「触ると何が分かるの?」

「……」


『どうして分からないの?』的な視線を向けて来るなノイエ。本当に可愛いな~。


「ドラゴンは皮膚が違う。種類ごとに」

「だから触ると種類が分かる?」

「はい」


 引き出せる情報は引っ張ったはずだ。さあこのバトンをどうぞ王妃様。


「……そうね。触れば分かるならどうぞ」

「はい」


 許しを得たからノイエの手を離す。

 トトトと、軽い足取りで近づいた彼女は、その白い手で王妃様の顔を触る。

 と、ゆっくりと指先でなぞるように触れ……その指が静かに王妃様の首筋に。


 って官能小説を僕に書かせる気かノイエっ! 何か物凄くエロいぞっ!

 美人で無表情のノイエが、皮膚がちょっとあれな感じの妙齢の女性……王妃様を手籠めにっ!


 アカン。最近ずっと禁欲生活を強いられてきていたから思考が流される。

 でもね……メイドさんとか居ると自家発電とかも出来ないし本当に辛いのよね。


「んっ」


 って、薄っすら頬を上気させた王妃様から甘い吐息がっ!

 いや待てノイエ。今君はどこに手を……ドレスの中に手を入れちゃうのはアウトだと思う訳です。


 急いで駆け寄ってノイエを王妃様から引き剥がす。


「ノイエ。何してるかな?」

「? はい。[ピー]が[ピー]して[ドカーン]で[バキューン]の練習」


 メイド長のエロトークがバージョンアップしてるんですけどっ!

 何よりドラゴンの確認が何故にそんな方向へっ!

 溜まってる? 実はノイエさんも欲求が溜まっていらっしゃるの? ねぇ?


「はぁ……久しぶりに疼いたわ……」


 うっとりとした感じで王妃様もとんでもねぇこと言ってるんですけどっ!

 国王様っ! 貴方の妻が義理の娘に欲情させられてますよ~!




(c) 甲斐八雲

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