魔眼なのでしょう?

 会話の展開がR18にならないように、ノイエを後ろから抱きしめて拘束する。

 ふと上半身を拘束する僕の腕を見たノイエが、顔をこちらに向けて来る。


「アルグ様」

「ノイエが変なことをするから仕方ないのです」

「……どうして胸?」

「……」


 場の空気が桃色だったからついノイエの胸をガッチリホールドしてたよ。

 急いで彼女の胸の下に腕を移動すると、何故か悲しそうな雰囲気を感じた。

 お触りダメルールを作ったのは君だからね?


「はぁ……んんっ。落ち着いたかしら?」

「はい」


 少し乱れたドレスを手直しし、王妃様が柔らかな笑みを向けて来る。


「私も久しぶりだったからつい」

「王妃様。その話は忘れましょう。で、ノイエ?」

「はい?」


 何故呼ぶの的なニュアンスの返事がお嫁さんからっ! もうツッコミが追い付かないっ!


「……王妃様の皮膚は知っているモノだったの?」

「知らない。初めて」

「そうなんだ」


 ノイエが知らないと言うことは、王妃様のドラゴンの皮膚はこの地域に生息しない物だ。

 勤勉なドラゴンスレイヤーさんは、ユニバンス王国近郊に住むドラゴンの大半を殴り飛ばしている。

 まあ大陸中のドラゴンを殴っていないから知らないモノも居るはずだけど……その場合、何が考えられる?


「メイド長からは『呪い』と伺いましたが」

「ええ。ただ誰も分からなかったから、『呪い』という言葉を当てはめたみたいなの」

「そうですか」


 何とも言えない空気の中、王妃様が小さなベルを取り出し鳴らす。

 チリリンと鳴ると姿隠しの外に誰か来た。


「何か飲み物を用意して頂戴」

「はい。王妃様」


 どうやらメイドさんらしい。ただ声がメイド長じゃ無かったから、やっぱり突発イベントばかおうじの対応でもしているのかな?


「私って駄目ね。さあ2人とも、立ち話なんて止めてこっちに座って」

「はい。なら遠慮なく」


 うん。きっと王妃様はこう言った対応が良いみたいだ。

 本当に遠慮なく勧められた椅子に腰かけ、ついでにノイエの椅子も引き寄せて並ぶようにして座る。

 本日のノイエさんは暴走気味だからガッチリ拘束させて貰います。

 基本的には腕を組んで密着させます。決して僕がノイエの人肌恋しいとかそんな理由では無いのです。


「本当に2人は仲睦まじいわね」


 クスクスと笑い、王妃様が傍にあるテーブルの上に置かれている物を手にした。


「スィークから聞いているわ。2人はこれを探していたのでしょう? ごめんなさいね……ずっと借りたままで」


 やんわりと頭を下げて手渡された物は、紙を束ねた書類だ。

 ただその表紙には『カミューに関して』とある。表紙を覗き込んだノイエのアホ毛がグルングルン回り出して、僕の顔を数度殴打した。


「もう亡くなっていると聞いたのだけど……どうしても忘れられなくて、たまに読んでいたのよ」

「失礼ですけど王妃様。カミューさんを知っているんですか?」

「ええ。それもあってノイエと一度お話がしたかったの」


 ポンと胸の前で手を打ち、王妃様がノイエを見る。


「貴女のその瞳は……カミューと同じ魔眼なのでしょう? あの子から何度も聞いたわ。その瞳の色は魔眼持ちの証拠だって」


 軽い感じで王妃様がとんでもない爆弾を投げて来ました。




 地面に剣先を突き入れ膝をついて息を整える王子ハーフレンに、これまた身を屈め荒い息を整えるメイド長スィーク。

 2人の戦いは玄人好みする技と力のぶつかり合いだ。

 だがその会話の内容は……幼稚としか言えない。


「この糞ババア。さっさと墓の下に行っちまえっ! たしかお袋よりも年上だったよな?」

「あん? 女はある一定まで行くと年を取らなくなる! それにラインリア様は、ああなってから年々若返っているようにも見えるし……色々とズルいっ!」

「知るか醜いババアがっ!」


 剣を引き抜き一気に駆け寄って上段から振り下ろす。

 それをふわりと回避し、スィークは相手の懐へと飛び込んで来る。

 だがハーフレンも慣れたものだ。自分の足を振り上げて相手に膝蹴りを仕掛ける。

 その攻撃を事前に察知していたスィークは、彼の膝に足の裏を乗せると蹴って後方へと逃れた。


「ったく。ミシュみたいな戦い方しやがって」

「あれは可愛くない弟子だったわね。まだ生きてるの?」

「残念なことに元気にな。ってどうせ知ってるんだろう?」

「紙の上でなら……でも死んでないってことは、まだつまらない仕事をさせているの?」

「否……あっちの仕事からは外した。有名になり過ぎたからな」

「だから言ったのに。『あまり使い過ぎるな』って」


 昔、手ほどきを受けていた頃の鬼教官に戻っている彼女の口調はあの頃と同じで冷たい。

 普段どれだけ猫を被っているのか……そう考えると全身に冷や汗が出て来る。

 軽く自分の頬を叩いて気合を入れ直したハーフレンは、剣を構えて相手を見据える。


「眼だけは一人前ね。貴方とミシュ……それとフレアだったかしら? この"私"に何度も刃向かって来た愚か者たちは」

「ああ」

「10年前のあの日から貴方たちの目は変わった。

 違う……たぶんこの国で暴れ捕らわれ処刑されたあの子たちと同じようになってしまったのね」


 スッと右手で持つ短剣をハーフレンに向け、スィークははっきりと告げる。


「貴方たちはあの日偶然戦場に居た。だからどんなに人を殺しても罪には問われなかった。むしろ名誉なことだったでしょう……3人で敵軍をほぼ壊滅したのだから」


 痛い言葉にハーフレンは苦笑いを浮かべる。

 だが相手の言う通りだ。あの日あの時……何かに見られたと思った瞬間からの記憶は今も無い。気づけば戦場で敵兵を虐殺していたのだ。




(c) 甲斐八雲

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