あるいは"あの日"か?
審問会の前日
「はい先生。審問会とかって言う意味がまず分かりません」
シュタッと手を上げ、前に居る筋肉ダルマに問う。
うんうんと鷹揚に頷いたダルマは、その視線を自身の隣へと向けた。
「説明宜しく。って!」
何か起きたのか馬鹿王子が顔を歪めて椅子から滑り落ちて消えた。
残ったのは本日の……何役だか分からないけど、突然呼び出され不機嫌そうなフレアさんだった。
「先生?」
「……審問とは本来問題に対して書面で回答を求め精査することです。ですが『いちいち書類集めて読んで確認とか面倒臭くない?』と言い出した人が過去に居たのか、審問会と称し関係者を一堂に集めて話し合いをし問題解決を図る場となっています」
不機嫌であってもその返答は分かりやすくて助かる。
で、何でフレアさんがここに居るのでしょうか?
「そんな訳でお前はたぶん明日、色々と言葉を使った駆け引きや騙し合い。足の取り合いなどを行う場に放り出されて自身の無実を訴える訳だ」
復活してきた馬鹿兄貴に怒りの書類ボンバーを食らわせる。
パンと叩くように手を動かし全部キャッチしやがった。
「何だそのいじめは? 僕に味方は居ないの?」
普通弁護士的な存在が居て当然だと思うぞ?
「お前の味方と言うか、相談相手と言うか……一応俺が後ろに座ることになっている」
「交代を願い出る。せめて上のお兄ちゃんで」
「馬鹿。新国王がそんなこと出来るかよ?」
呆れた様子の相手が当然の返答を寄こす。
ならばこれが正解だろう?
「代わりにフレアさんで」
「……お断りします」
「何故に!」
綺麗に頭を下げて来る彼女にマジビックリだ。貴女だけは味方だと信じていたのに。
ちょびっと絶望気味な僕の持ちを察してか、控えめに苦笑しながら彼女が口を開いた。
「私は上級貴族の娘ですので立場上、相談相手としては問題無いと思います。ですが……アルグスタ様の部下である部分が大変難しいのです。
『部下であるのなら上司の言葉には逆らえまい?』などと相手は必ずそう文句を言って来ますから」
「それは……ありそうだね」
「まっそんな訳で、お前の上司である俺が後ろに座ってやる」
「いやちょっと待って。その理屈おかしくない?」
フレアさんが部下だから断ったのに、上司の馬鹿兄貴が出て来たら……って、あれ?
首を傾げるこちらを見て、筋肉ダルマが面倒臭そうに欠伸をした。
「つまりお前が相手に追い詰められて敗戦濃厚になったら、俺が助け舟を出すってことだ」
「……負けても良いの?」
それが前提にあるなら僕の気持ちは随分と楽に、
「ノイエを手放して良いのならな」
「負けられない戦いが始まるってことかっ!」
ふざけるな。何故にノイエが関わって来る。
ガルルと唸ってしまいそうな僕を見た馬鹿兄貴が頭を掻く。
「相手が欲しているのは、たぶんノイエだ。まあノイエだろう」
「何故に?」
少し真面目な感じの顔を僕に向けて来る。
「対ドラゴン連合……体の良い連合構想だが、その実態は各国のドラゴン対策を盗み見る作戦だと俺たちは判断した。どの国も自国の戦力は基本隠したい。でも隠さずに大々的に発表している国がある」
言う必要すら無い。
「共和国はこの連合で主導権を握り、うちからノイエを借り出そうとしている。
で、連れて行かれたノイエが無事に帰ってくる保証は無い。どれほど約定を重ねても信用出来ん。
なにせ相手は喉から手が出るほどノイエを……ドラゴンスレイヤーの力を欲しているんだからな」
説明終わりと言いたげに兄貴が肩を竦めて見せた。
良く分かった。つまりノイエを奪われない為にも僕は明日、全力で相手を言い負かせればいいんだね?
「……最終手段として、ノイエにドラゴンを投げ込ませるのってあり?」
「最終手段じゃ無くて最初からそれをネタにして脅す気だろう?」
「……実際にやるのは問題ですが、言葉にして言う分には問題は無いですね」
「フレア……余計なことは言うな。俺も明日は同じ場所に居るんだ」
「だったら完全武装でどうぞ」
やはり不機嫌そうなフレアさんがツンっとそっぽを向く。
馬鹿兄貴が何かやらかしたか……あるいは"あの日"か?
下手にツッコんで自爆したくないからこの会話はスルーする。
「で、結局僕は相手を言い負かせればいいの?」
「そう言うことだ」
前の世界でこんなことやったな。授業の一環で確か……ディベートだったっけかな?
一つの議題をこっちと向こうに別れて徹底的に言い合った記憶がある。
あの時は最終的にクラス全員を敵に回した記憶が……あれ? 何をやらかしたのか記憶に無い。
「まあやれと言われたらするけど……実際どうやるの?」
当然の問いに馬鹿兄貴が応じた。
「その練習を兼ねて今から実戦だ」
やはり馬鹿だった。意味が通じない。
「言ってることが分かりません」
「馬鹿かお前は?」
馬鹿に馬鹿と言われる屈辱!
顎で隣に座る人物を指し示し、机の下で何かあったのか馬鹿兄貴が小さく揺れると、その顔が一瞬歪んだ。
「……フレア相手に練習するんだ。言っておくがこいつはある意味最恐だぞ?」
「気のせいか、強いじゃ無くて怖い気が……」
「何か?」
「「何でもありませんっ!」」
僕と兄貴は同時に薄く笑うフレアさんに頭を下げる。
本来王族は気やすく頭を下げちゃいけないらしいが、命の危機に対しては大目に見て欲しい。
そして僕"ら"は言葉の刃で滅多刺しに遭ったのだった。
(c) 甲斐八雲
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