浮気判定がストロング
審問会の前夜……と言うより当日の深夜
長々と、今日と言うか昨日と言うか……僕が一日かけて体験したことを目の前の人物に説明する。
澄ました表情で聞いているのはお嫁さんのノイエ……の姿を借りたグローディアだ。
話を聞き終えた彼女は、視線を天井に向けてため息を吐いた。
「ハーフレンもまだまだね。ウイルモット王は気付いていて……子を育てるためにわざと口を噤んでいるのかしら? 親馬鹿すぎるのも問題ね」
彼女は独り言のように呟いて頭を振る。
「あの~? 分かるように説明して頂けると嬉しいのですが……」
恐る恐る聞いたら怖い目で睨まれた。
「ここにも馬鹿が1人ね。良い? 共和国の狙い……覚えている?」
「ノイエを連合に参加させて奪い取ることでしょ?」
それぐらいいくら僕でも忘れません。でもグローディアが呆れた様子で頭を振る。
「そこが間違えているのよ」
「はい?」
「共和国の狙いを間違えている。このまま審問会に出ればこっちは圧倒的に負けて終わる」
「それは普通に困るんですが……困ることになるの?」
前提が違えばゴールも変わる気がしてきた。
ジロッと睨んで来るノイエの様子が普段と違うから少し興奮してしまう。
蔑んで来るノイエの表情も良いかも……何かゾクゾクしちゃう。
「何でそんな嬉しそうな顔をしているのかは知らないけど、共和国の本当の狙いは貴方よ」
「……僕?」
突然の指名にビクッとしてしまった。
色んな意味で恐怖を感じたよ? 貞操とか貞操とか……ね?
こっちの気持ちなど無視してグローディアの説明は続く。
「普段垣間見ている限りでは、ノイエの人気は王家よりも高い。つまり彼女の一挙手一投足に国民が何かしらの反応を見せる可能性が高い」
「う、うん」
ノイエの人気の高さは確かにその通りだ。でもそれがどうして僕に関係するの?
鼻で笑う感じでグローディアがこっちを見て来る。
「もし夫であるアルグスタなる人物が、彼女に相応しくない人物だと国民全てにそう判断されたら? それを不安に思う国民が、国や王家に対して不満を持つようになったら?
共和国の恐ろしさは潤沢に使える資金力。それを使い行う戦略は扇動よ」
「せんどう?」
あ~あれね。お船の上に立って物干し竿みたいな奴で船を……怖い視線を受けたから現実逃避終わり。
「国民を煽って国の内側から崩壊させる方法よ。実際あの国はこの手の方法で国を弱くして、救済を謳って近寄って来て国を奪っているのよ」
「こわっ」
「ええ怖いわ。だから貴方の負けは国の崩壊に向けて必要なことなのよ。共和国目線で言えばね」
フッと鼻で笑ってグローディアが頭を掻いた。どこか馬鹿兄貴に通じる動きを見たな。
「まあ良いわ。それが分かったのなら……こっちの取る方法は簡単よ」
「はい?」
「認めてしまいなさい。自分の子供であると」
衝撃の言葉に時間が止まった。
止まったのはどうやら僕だけらしいが、今この人は何と言いましたか?
「あの~もう一度」
「認めなさい。パパ」
「うがぁ~っ! 良く分からない何かが激しい拒絶反応をっ!」
頭を抱えてベッドに倒れ込み転がる。いやこれは正しい反応だろう?
「認めるだって……何で? どうして?」
体を起して詰め寄ると、邪魔だと言わんばかりに押し返された。
「忘れたの? 貴方の父親に何人の子供が居るのか?」
「え~。王維継承権を持つのは現在3人で、持たない子供は結構沢山?」
「まだ増やしていたのね。あの種馬がっ!」
どす黒い何かを感じていったん間を置く。物理的な意味で。
だって殴られそうなんだもん。
「……つまり子供が居るくらいで、認知していない子供が居るくらいで、王家の人間であるなら問題にはならないわ。あくまでノイエと結婚する前の出来事だと徹すれば良いの。
『あの頃は独身で毎晩遊んでいました。いや~君以外にも子供が居るかもしれないけど妾腹の子として確りと面倒見るよ』とでも言ってしまえば審問会は終了よ」
「……」
その時点で、僕の中の何かが終了してしまいそうなんですけど?
「自分の子供じゃ無いのに認めるの?」
「記憶が無いから分からないんでしょ?」
「はい」
「だったら余計な言い訳をしないで認めてしまいなさい。そしてその子は養子に出すことにすれば良い。そうなると共和国は焦るでしょうね。貴方が自身の身の潔白を証明する場だと意気込んで臨んだらあっさりと認めてしまうのだから……相手はそれ以上この話を蒸し返せない。認めているのだから」
とても冷ややかに笑うノイエの表情が知的な悪魔に見える。こえ~っす。
「仮に『ノイエの夫に相応しくない』と噂を流そうとしても、『過去の罪を認め清廉潔癖に務める』と言う姿勢を見せる貴方が居れば、国民は少なからず文句を言ってもそれ以上騒がない。
男が浮気をするなんて当たり前なのだから」
「自分……ノイエ一筋ですが?」
「あら? 結婚してから他所の女性の胸や尻に目を向けたことは?」
「ありますけど?」
「十分浮気よ」
浮気判定がストロング過ぎやしませんか? その基準なら世の男性女性は全員浮気してるよね?
「本当に心から愛していると言うなら、よそ見なんてしないはずよ。それでもまだ私の前でそんな寝言を言うのならねじ切ってあげるわ」
恐ろしいほど冷たい視線と言葉に全身が縮み上がりました。
うん。グローディアの前で恋愛のことを言う間は止めよう。たぶん何かがねじ切られる。
と、不意にそれが頭の中に浮かんだ。
そうだ。僕は……どう見ても彼女に嫌われている。
つまり相手の言葉を、教えを鵜呑みにするとどうなる?
相手の言葉に震えている振りをしながら必死に考える。否、考えるまでもない。
確かに国からすれば良い対応なのかもしれないけど……ノイエから見たらどうだろう? 最低の旦那さんじゃないのか?
これはつまり、ノイエに嫌われるかもしれないと言う部分を除いては満点回答なんだ。
でも僕が求めているのはむしろ逆だ。
「あっ」
「……」
「ありがとうございました」
「そう。なら良いわ」
こちらの返事に対しつまらなそうな表情を見せ、彼女はそのままベッドに倒れ込んだ。
気づかれたかな? でも僕は……。
そっと横になっている彼女にシーツを掛けて隣に落ち着く。
相変わらずの無表情だけど、そんな彼女にだって感情の欠片はある。
何より僕はノイエの悲しむ顔は見たくない。
「選択肢を間違えると……自国民が敵になるんですかね?」
設定が無茶なレベル過ぎやしませんか?
(c) 甲斐八雲
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