噛みつくの?
共和国内務大臣との会談は形式に則り始められた。
最初は互いに挨拶。そして新国王となったシュニットに対する祝いの言葉。
そして本題を前にしての簡単な
流れるように決まり事を踏襲し、会談が終わってしまうと周りが思い始めた頃……その爆弾が投下された。
「何でも貴国のドラグナイト家の当主に隠し子が居るとか?」
真っ直ぐ飾る気配の無い言葉だった。
腹の探り合いで相手のことを少なからず理解していたシュニットが応じる。
「そう勝手に名乗り、噂を流している不敬の人間が居るのは存じています。我々も捜索し見つけ次第不敬罪で裁こうと思っています」
「それはそれは恐ろしい。ですがその子が本当であったとしたらどうしますかな?」
シュニットを見て来る視線には、自信に満ちた気配すら漂わせている。
セルスウィン共和国の内務大臣ウシェルツェン。
齢の頃は三十後半か……決して老けては見えない。
共和国では珍しい黒髪黒目をしているが、それは彼の出自が大いに関係している。
彼らは共和国のごく小規模な一族の出で、コツコツと地位を高めて行ったがある日を境に大躍進し国を手に入れた。それ以降の活躍は目まぐるしく、有り余る経済力で大陸屈指の大国の仲間入りをした。
そもそも彼らは共和国に先住していた訳では無く、他の地方から流れて来た流浪の民とも言われている。故に彼らの支配を嫌っている共和国の国民も存在しているが、大国にまで登り詰めた結果の恩恵が多く……不満は酒場でぐらいしか聞こえてこない。
ググッと体を前に倒し、詰め寄る形で彼が言葉を続けていることをシュニットは思い出した。
「我々も不本意ではありましたが、彼女の亡命を受け入れた訳です」
「……」
つい思考が脱線し話を聞き洩らしたが隣に控える腹心が聞いていたはずだ。あとで問えば良い。
今の問題はただ一つ。
「亡命と申されましたな?」
「はい。彼女は身の危険を感じ我が国へと参りました」
「そうですか」
シュニットは顔色一つ変えずにその端正な表情で沈黙する。
周りからは熟考している様子にも見えるが、彼はただ可能性だけを追求していた。
相手がどこまでこちらの手札を知って挑んで来ているのかを。
「ウシェルツェン殿」
「何か?」
だがカードを切らなければ勝負は進まない。シュニットは動いた。
「昨日我が国では『他国の者が我が国の貴族に対し子供の認知を求める場合は審問を開く』と決まったばかりでして」
「おお。左様か。それは都合が良い」
これは幸いだと言わんばかりに内務大臣は両手を広げる。
「なら公平公正の場で我が国の臣民たるラーシェム嬢の訴えをお聞きして貰いましょう」
「左様ですか」
相手はどうやら審問を望んでいる。
つまり考えられるのはその場で
事前に情報があったとは言え、仮に手の内に何も無い状態でこの場を迎えていたらと思うと……流石のシュニットも冷や汗をかく思いだった。
「ではそのラーシェム嬢が訴えを起こすと言うことで宜しいか?」
「ええ。こちらは構わない。彼女の赤子の親が誰であるか……はっきりさせた方が良いでしょう」
その表情に自信を宿らせる相手を見て、シュニットはこちらの分の悪さを感じていた。
相手は弟が予想していた通り、証人と言葉で圧倒する気だ。
一族全てが商人だと比喩される共和国国家元首の一族に対するのは、変に腹の座った一面を見せる弟だ。
『ん~。どうにかするよ』と仲違いしていたはずの妻に持って帰るケーキに頭を悩ませていた弟の様子を思い出して……兄としてこれほど不安に感じたことは無かった。
「さあ大問題です」
「……はい」
「どうしようかね?」
「……」
いつも通りのベッドの上。ノイエと見つめ合う形で座っている。
背中から抱きしめて頭を撫で撫でとかはしていない。問題が解決していないからお触り厳禁なのだ。でも頭を撫でるのだけは特別に許されている。たぶんノイエが撫でて欲しいからだと思うけど、そんな野暮なことを言って触れ合いの機会を失いたくないから、何も言わずに撫でるのみ。
現実逃避はそれぐらいにして、問題は明日開かれる例の奴だ。
やはり相手は審問を求めて来た。結果として僕は、裁判所における裁判的な物を受けることになる。
馬鹿兄貴から聞いた話では、双方言い訳や脅しなどをして相手の口を塞げば勝ちらしい。
言葉による殴り合いと……馬鹿兄貴らしい説明だったけどね。
軽く練習したけれど、相手が最恐すぎて……最後は馬鹿兄貴と一緒に相手に対して土下座して命乞いをしていた。
目撃者は居ないはずだが、かなり問題染みた行動だった気もする。
「アルグ様」
「ん?」
「明日、喧嘩?」
グッと拳を握って意気込んでいるノイエの様子がちょっと可愛い。
流石に僕の隠し子とか言えないから、『共和国の偉い人と言葉で喧嘩する』としか言ってない。
ただノイエは……言葉で喧嘩の意味が分かっているのだろうか?
「ちなみにノイエだったらどうする?」
「……先手必勝。全力で」
「ごめん。それは使えない手だ」
「なら足で?」
「それも無理。手足の問題じゃないからね?」
「……」
手足が武器なノイエさんもそれを封じられれば流石に、
「なら頭」
「頭じゃ無くて口で喧嘩するの」
「……噛みつくの?」
やはり理解してませんでしたね。
頭を撫でながら説明しているとノイエの場合覚えない率が高いんだよな。
「言葉で喧嘩するの」
「……頑張って」
「うん」
良し良しと頭を撫でるとノイエがどこか嬉しそうにする。
この幸せのためにも明日は頑張らないと。
パシッとノイエの手が、頭を撫でる僕の手を払った。
「つまり審問ね? 何をしたのかは聞かないであげるわ」
ゆっくりと顔を上げたのは碧い目をしたノイエだ。
「でも相手が共和国だったら私が勝ち方を教えてあげる。だから全部言いなさい」
ノイエの姿を使いそこに居たのは、元ユニバンス王国の王位継承権まで持っていた姫であるグローディアだった。
(c) 甲斐八雲
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