止まりませんね

「ん~。おや? 誤字がありますな。こっちは計算違いと……書類を作ったのは見たこと無い名前ですから新人さんかな? 人生とは常に過ちを繰り返し痛い目に遭うことなのです。よって書き直しっと」


 鼻歌感覚で呟いて、問答無用で手にした書類を『差し戻し箱』にいれる上司。

 その様子をクレア、パル、ミルが机を壁にして顔だけ覗き見つめていた。


 朝出勤したクレアは先に来て仕事をしているアルグスタの様子を見るなり怖くなって双子を呼んだのだ。

 昨日まで確実に死にそうだった人間が、一晩経っていやに機嫌が良いのだ。正直見てて怖い。


「今日ってノイエ様は無事にお仕事へ?」

「パル。その質問は不敬に当たるとオレは思うよ?」

「違います。ちょっとしたあれがこれしてそれした結果のどれ?」

「質問を質問で返さないでくれ」


 双子が不穏なことを言い合っているが、今朝城下を物凄い軽い足取りで歩くドラゴンスレイヤーの姿を見ているクレアは、流行りの殺人事件を題材にした物語のような展開では無いと自信があった。


 ならば何故、上司たる彼の機嫌が良いのか?


「……実はノイエ様との離縁が決定したとか?」


 双子よりも不敬極まりない言葉を発したクレアに双子が目を剥く。

 だが否定するよりも何故か納得してしまう。それほど彼の機嫌が良いのだ。


「仮にアルグスタ様がノイエ様と離縁したらどうなるの?」


 慌てた様子でパルは"妹"のミルに問う。


「えっとっ……あの2人が離縁すると、たぶんノイエ様を狙う他国の人たちが一斉に?」


 少年騎士の様な格好をしているミルの言葉を姉が付け足す。


「そんな露骨なことはしないとしても……国民の失望は計り知れない?」


 どっちにしろ大変なことだ。下手をすれば国民が暴動を起こしかねない。


 主だった頭の固い貴族たちはドラゴンスレイヤーたるノイエを毛嫌いしているが、国民からの彼女に対する人気は計り知れないものがある。下手をすれば現国王よりも高いかもしれない。

 それを踏まえての王子との結婚だったのだ。


「ってなに遊んでるんだ? この3、馬鹿、が」


 ポンポンポンと丸められた紙の筒で頭を打たれ3人の少女たちが、慌てて机の影から姿を現す。

 話に夢中になり過ぎて、彼の接近にまるで気づいていなかったのだ。


 ポンポンと自分の肩を丸めた紙の筒で叩きながらアルグスタが呆れた様子で少女たちを見る。


「知らないの? 僕は死ぬまでノイエと離婚できないの」

「そうなんですか?」

「そうなの。別れる気も無いけどね」

「「「……」」」


 実に微妙な視線を向けて来る少女たちにアルグスタは手にした筒を掲げる。

 サッと頭を覆う少女たちに筒では無くて言葉を降らせる。


「まだ問題は解決していないけど、とりあえず喧嘩が終わっただけ。それだけだよ」

「……本当ですか?」


 直の部下だからと言う理由もあって受け答えするのはクレアの役目となっていた。

 背後に回った双子が協力して、彼女を生贄の羊にしているのが主な理由でもあるが。


「本当です。まっ今度からはその喧嘩の理由と言うか何と言うか……そっちをどうにかする方法を考え無いといけないんだけどね」


 溢れるため息を止めることが出来ず吐き続ける彼は、疲れた様子で自分の席へと戻る。


「そんな訳で……そこの双子。ここで仕事をサボっていたのは馬鹿兄貴に報告しとくからね」

「「そんな~」」

「それと上司に対して酷いことを言ったクレアは罰として10日間ケーキ休憩無しね」

「わたしに死ねとっ!」


 クククと笑ってアルグスタが3人に視線を向ける。


「他人の不幸を見て色々と詮索するのが悪いってこと」


 コンコンッ


「アルグスタ様。頼まれたケーキを買って……ってどうしたのクレア? そんな怖い目をして?」

「煩い黙れ馬鹿ぁ~っ!」


 意味も分からず怒鳴られたイネルは、ケーキを抱えてオロオロとした。




「止まりませんね」

「そうね」


 ルッテは祝福で、フレアは立ち昇る土ぼこりで……それぞれがそれぞれの方法でノイエの様子を見つめていた。


 朝から物凄い軽い足取りでやって来た隊長は、つまみ食いをして逃亡中だった薄い副隊長を捕まえると……そのままクルクルと頭上で回して遠くに投擲したのだ。

 流石にあれは酷いと訳を聞いたら、『したかったから』と世にも恐ろしい答えが返って来た。


 そして活動を開始した彼女の動きが止まらない。


 涼しい時間帯に活動していたドラゴンたちの前に現れては全てを駆逐していく。

 その鬼気迫る様子に危険を察知したドラゴンたちが逃げ出すのだが、追いつき追い越し駆逐していく。


 昼の休憩を挟み午後もまた同じだ。

 日陰で休んでいるドラゴンを見つけると攻撃し……人に害成す生き物である彼らが少しばかり可哀想になるほど今日の彼女は止まらない。


「どうしたんですかね?」

「……喧嘩が取り返しのつかない状況にまで陥ったか、それとも」


 答えながらフレアは柔らかく笑っていた。


 彼女は過去の自分とは違い、優しくてどんな苦難にも立ち向かう覚悟を決めた人と一緒に居るのだ。

 それだけに何となくだが分かった。


「良いことでもあったんでしょ」

「良いことですか?」


 質問して来るルッテの胸を軽く叩いてフレアは建物へ向かい歩き出す。


 ミシュを回収しに行った部隊が……荷物を間違えて大型なナマズを抱え戻って来たのだ。

 たぶん調理していればその匂いであの馬鹿は帰って来るだろう。


「折角だから丸焼きにでもしましょうか」


 クスッと笑いフレアは心の中でため息を吐く。

 自分もノイエのように強ければ……幸せになれたのだろうかと自問しながら。




(c) 甲斐八雲

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