頭が取れてるけど?
パチッと目を開いたノイエは、大きく息を吐いて天井を見つめたままだ。
体は指一本動かせないが、ゆっくりと動いた目が隣で眠る人物の背中を確認する。
こちらに背を向けて彼はグッスリと寝ている様子だ。
その様子をノイエの中から覗く者が居た。
「あはは~。何かズルい。私も旦那君とベッドの上で踊りたいっ!」
「レニーラ? そんなことばかり言ってるとグローディアに殺されるよ?」
「あ~。最近機嫌悪いんだよね。あの日かな?」
「いや無いから。今の私たちにあの日とか無いから」
「分かってるって。本当に真面目だね~パーパシは」
「私は貴女ほど能天気じゃないだけよ」
「へ~。『童貞殺しのパーパシ』がね~」
伸びて来た手が首に触れたと思うと視界が回った。
「次それを言ったらその首、ねじ切るわよ?」
「あはは。ゴリッと折っておいて酷いな~」
首の骨が折れてしまったらしく、垂れ下がる頭をそっと両手で元の位置に戻す。
「でも私やパーパシだけだとこの体、動かせないんだよね~」
「そうね。つまり大人しくしておけってことじゃ無いの?」
「え~。旦那君と朝まで踊りたい踊りたい踊りたい」
「はいはい。そんなに我が儘を言っていると、グローディアを呼ぶわよ?」
「へへへ。呼ばれたって怖くないもんね~。何よりあの鉄の処女がっ!」
背後から飛んで来た不可視の刃を受けて、折れていた首が綺麗に切断された。
「なに遊んでいるのよ。レニーラにパーパシ」
「遊んでたのはレニーラだけよ。って大丈夫レニーラ? 頭が取れてるけど?」
「あはは。しばらく無理かも~」
「まったく。グローディアの処女ネタは禁止だってあれほどっ!」
不可視の刃が今度は胴体を切り裂いた。
「あはは。パーパシのうっかり者め! どう? 上下に別れた感じは?」
「最悪。死ねないのでもこれはきついわ」
「……2人して私をネタに遊んでいるのが悪いのよ」
「あはは~。まっ仕方ない。私はしばらく奥で休憩」
「待ちなさいよレニーラ。私の別れた体を運ぶの手伝ってよ」
「あはは~」
逃げるように2人が奥に引っ込むのを見て、グローディアは深く息を吐いた。
気が滅入る。あんな風に馬鹿をしていられればどれほど楽か。
と、彼女は気付き目を向ける。
混沌を絵に描いたような中間域の方から、珍しい人物がやって来たのだ。
「珍しいわね……カミーラ」
「ああ。久しぶり」
「何年振りかしら?」
「さあ? それこそ"あの日以来"かも知れないね」
薄く笑う人物とノイエの中で対面したグローディアは、相手の二つ名を思い出した。
『串刺しカミーラ』
彼女はアイルローゼに次いで、捕らえに来た者たちを虐殺した女傑だ。
その攻撃は極めてシンプル。相手を串刺しにして殺して回る……ただそれだけだ。
「どうして貴女が?」
「なに……最近お前たちが"外"に出ているじゃないか? 少し気になっていたら奥でファシーに会ってね、聞いたらあのファシーが何て言ったと思う? 『外に出るのが楽しい。今は……気持ち良いから休む』だってさ。そんな話を聞けば興味も沸くだろう?」
「そうね。でも……貴女は出ない方が良い」
「どうして?」
「今外にあるのは平和と平穏。戦場と混沌を好む貴女にはつまらない場所よ」
「そうかい。でもそれを決めるのはお前じゃない。私だ。だから退きな」
「……無理ね。今ここに座っているのは私よ。カミーラ」
「へ~。ならどっちが出るに相応しいか決めようか?」
「良いわよ」
「死ねよこの鉄の処女がっ!」
「煩いわよ。自分の串で非処女になった分際がっ!」
両者が全力で力を発しようとし……何も起きなかった。
違う。両者とも一瞬で戦闘不能に陥ったのだ。
「……2人とも邪魔なのよ。入り口の前で遊んでないで」
髪と瞳の色を赤に変え、ノイエはベッドから起き上がると軽く肩を回して歩き出した。
向かう先は部屋の隅に置かれた机だ。
「もう少しで出来そうな気がするのだけれど……フフフ。やっぱり頭を使うならこんな風でなくちゃね」
引き出しからまだ何も刻まれていないプラチナ製のプレートを取り出し見つめる。
開かれたままのカーテンから覗く月光に、プレートの表面に七色の虹が浮かぶ。
「あと少しなのに……良いわね。この感覚がたまらないわ。最後の最後で難敵が待ち受けている。最高じゃ無いの」
ウフフと微笑み手にしたプレートをかざしてノイエは笑う。
「さあ今夜も確りとこの術式をどう刻むか……徹底的に悩みましょうね」
そして彼女はまた笑う。
ノイエ……の中に住まうアイルローゼは、足元に転がっている邪魔者に目も向けず、意識の全てを外へと向けて作業に没頭した。
ユニバンス王国内東北地方の街道
移動する馬車を守るのは鉄の鎧で覆われた騎士たちだ。
馬にも鎖帷子の様な物を纏わせ徹底的に防御に徹している様子が見て取れる。
が……そこまで重装備のせいだろう、隊列の進行は遅々としたものだ。
「遅すぎやしないか?」
馬車の中で暇を持て余した男性が外を見つめ口を開いた。
彼の名はウシェルツェン。セルスウィン共和国で内務大臣を務める者だ。
「そうカリカリなさらないで下さい。ウシェルツェン様」
向かいに座る女性はそう言うと、ややきつめの表情に笑みを浮かべ"主"を見る。
「相手はあのユニバンス王国です。どんな手を使って来るかなど分かりません」
「ふんっ! 流石にあの馬鹿共でもこの兵たちを潜り抜け俺や"あれ"を暗殺など出来まい」
馬車の周りに配しているのは、鉄壁の防御を誇る共和国の重装騎馬隊だ。
だが女性は笑みを浮かべたまま言葉を続けた。
「ユニバンスにはドラゴンスレイヤーが居ります。もし彼女が故意にも手にしたドラゴンを投げつけて来れば……周りを囲う騎馬とて無事には済みません。勿論大臣も」
「……」
女性も視線を窓の外に向けた。
「ですから確実に確実に……決してことを逸ってはいけないのですよ」
(c) 甲斐八雲
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