嘘ですけど、です~

「大丈夫ですか? アルグスタ様」

「もうダメだ……」


 今日も今日とてお城の執務室。


 ぶっ倒れてから2日休んで仕事再開と行きたかったが、現状は最悪過ぎた。

 昨日は何も言わずずっとソファーに座って膝を抱くノイエに謝ることしか出来ない。

 だって仕方ないじゃないか。人質を取られているんだ。こっちは絶対に相手の要求を飲むしかない。

 最愛の人を人質に取られ、結果その人に嫌われる……新しい拷問だな。流石異世界だよ!


「無理しないで休んでも良いですからね?」

「ありがとうクレア。心配してくれて」

「いえ……ここで倒れたりされたら面倒なので。わたしが」

「本音をありがとうよっ!」


 癒しも優しさも無い。何なんだこの世界は!


「おに~ちゃ~ん、です~」

「うおっ」


 前置きも無く執務室の扉が開くと、チビ姫が駆けこんで来た。


「死んだらダメです~」

「チビ姫っ」


 その目をウルっとさせて駆けて来る。

 これだよ。この優しさが僕には必要なんだ。


「遊んでくれる人が居なくなるです~」

「……」


 抱き付いて来るのを脇で抱えて、丁度良い位置にある小さなお尻をペシペシする。

 これは躾であっていじめや暴力ではありません。心を鬼にして泣く泣く打っているのです。

 そう。叩いているのは彼女のお尻では無い。心です。邪悪な心を叩いて浄化しているのです。


「あう~酷いです~」

「良いかいキャミリー」

「はいです~?」

「こういう時は嘘でも『心配だから』って言うべきなんだぞ」


 年長者として年下の義理の姉を優しく諭す。そう不思議なことに年下なのに姉なんだ。

 パ~っとその顔を明るくして彼女は頷いた。そうだ。この子は根は真面目で良い子なんだ。


「おに~ちゃんが心配です~。嘘ですけど、です~」


 また脇に抱えて尻を……彼女の邪心を叩いて退治する。

『あう~痛いです~』と両手でお尻じゃしんを押さえる少女をソファーに捨てていると、スッと厳しい表情をしたメイドさんが歩み出て来た。


 中年ぐら……妙齢の女性だ。


 失礼なことを言ったら痛い目に遭いそうな気がした。

 第六感がそう訴えて来る。良く分からないけど気を付けよう。


「アルグスタ様」

「はい?」

「必要であればこれを」

「……」


 手渡されたのは短いサイズの鞭だった。

 僕が無知なだけであろうか? これは馬に使ったりする物であって、人に使うのは特別な性癖を持った人のみのはずだ。つまりこれをこの幼女に使用すると言うことは……こぇ~。共和国って自国の姫様にどんな教育してるのさ?


「自分にはちょっと難しいかな」

「そうで御座いますか。出過ぎた真似を」


 言って彼女は僕が持つ鞭を回収してエプロンの裏へと差し入れた。


 ちょっと待って? どう見てもエプロンのサイズと鞭の長さが一致しないんですけど? 四次元なあれですか?


「今の鞭はどこに消えたの?」

「はい? ええ……女には秘密が多い物です」


 薄く笑って彼女は口を噤む。

 マジか~? そんな秘密があるのか?


 チラッとクレアを見たら彼女も自分の股間に目を向けていた。と、僕の視線に気づき顔を上げると、耳まで真っ赤にしてブンブンと顔を左右に振る。何を考えたのか聞かないでおこう。こうして少女は、妄想を重ねて大人の階段を昇って行くんだね。


「で、どちら様ですか?」


 そもそもの質問を忘れていた。


「失礼しました。わたくしはシュニット様の御屋敷でメイド長を務めていますスィークと申します。どうぞ何なりと申し出て下さい」


 メイド長ですと? その地位はやはりあったのか。


「ならこのチビ姫をもう少し大人しくさせてくれると嬉しいんですけど?」

「王妃様とシュニット様が少々甘やかすので、実際には難しいかと」


 ふわりと一礼して来る彼女の所作は無駄が無く綺麗だ。

 流石次期国王に仕える……王妃様?


「スィークさんは王妃様に仕えているの?」

「はい。王妃様専属のメイドで御座います」

「それは現在? 次期?」

「両方にございます」


 と、またまたふわりと一礼して来る。

 このチビ姫の専属メイドとかある種の拷問にしか思えん。目を離すとどこか勝手に駆けて行く猫のような性格だしね。

 まあ問題は、今の王妃様のメイドでもあるのね。


「で、余りにもお屋敷に来ない僕を呼びに来た?」

「いいえ。本日は純粋にキャミリー様のお供にございます」

「へ~。でも王妃様に何かあったらどうするの?」


 薄く鋭い目が僕を見る。

 どこか狐の様な感じのする人だ。


「本日の王妃様は、昨夜の吐血のせいで床に伏せています。あの様子からすると目覚めるのは明日の夕刻頃。それまで待機しているのは時間の無駄に御座いますのでこうしてお供を」

「……はい?」


 聞き慣れない単語が何個か?


「ですので時間を余らせるには」

「その前、吐血って?」


 スッと細い目がますます細まる。

 何か怖いけど気になった物は仕方ない。


「王妃様は2度の大怪我で体調がよろしく御座いません。ただそれだけのことに御座います」

「それだけって……」


 2度の大怪我? 物凄く気になるけど……。


 ゴンゴンッ!


 何か破壊音に近い物騒な音と衝撃に振り返る。

 ドアに寄りかかった筋肉ダルマがこっち睨みつけていた。


「珍しい奴が珍しい場所に居るな。スィーク」

「これはハーフレン王子。何かご用で御座いますか?」

「用があるのはお前だろう?」


 女性に対して厳しい表情を見せない馬鹿兄貴が露骨に表情を厳しくさせている。

 あれ? つまり自分……また騙されたのかな?

 しかしスィークさんは柔らかく一礼をすると馬鹿兄貴を正面から見据えた。


「貴方たちが王妃様の願いを拒絶しているのは存じ上げています。ですがわたくしはただのメイド。主の為とは言え出過ぎるようなことはしません」

「なら今アルグに聞かせていたのは?」

「問われたから答えた。メイドとして正しい行動かと思います」


 何と言うかその体格は女性らしく小柄だけど、雰囲気的には決して馬鹿王子を相手に負けていない。

 出来たらこんな場所で争いは止めて欲しい。


「あ~。先生の授業が始まるです~」


 ムクッと起きたキャミリーが馬鹿王子の横を過ぎ駆けて行く。


 今日は午後からフレアさんの経済の授業があるはずだ。

 もう3回聞いたから欠席予定だけど。


 と、スィークさんがまたふわりと一礼した。


「主と共に参りますので失礼致します」


 スススススと歩み部屋を出て行く。どこかで見たことのある歩き方の様な気が?


「アルグ」

「へい?」

「……」


 こっちを睨んで来た馬鹿兄貴は、大きく息を吐くと頭を掻いた。


「今度泣かせるからそれまでに体調戻しておけ」

「どんな予告だよ! ちょっと待てい!」


 無視して立ち去ったよ。

 何なのさ? 知らない間に問題だらけだよもう。




(c) 甲斐八雲

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