孤児院?

「……つまり全てハーフレンが悪いと言うのだな?」

「はい。この2人はどこぞの兄に唆されて僕のことを目の敵にしたようです。それでノイエが過剰反応してあのようなことを」


 ハンカチを取り出して、よよよよよと泣いておく。涙なんて出ないけどね。


 騒ぎの首謀者として出頭を命じられた僕らは、国王様の執務室へとやって来た。

 椅子に腰かけ渋い表情を見せる国王様は、僕の隣で顔を真っ青にしている2人に目を向ける。


「アルグスタの言っていることに間違い無いな?」

「ハイ。アリマセン」


 カタカタカタと変な動きをしてパルが答える。


「アルグスタ兄様ハ、良イ人デス」


 ミルは怪しい動きを見せて答えてくれた。

 実に良い妹たちだ。


 冷めきった目を向ける国王様がため息交じりで口を開く。


「お前たち……口調がさっきと違うようだが?」

「「大丈夫、デス」」


 壊れた玩具のように答える2人は……きつい薬が効き過ぎたかも。


「まあ3人がそう言うのであれば仕方ないな。シュニットよ」

「はっ」

「此度の掃除代金は全てハーフレンに。ノイエの方は咎め無しだ」


 控えていた宰相お兄ちゃんがピクッと反応した。


「代金の方は構いませんが、ノイエの方は宜しいのですか?」


 余計なことを。

 だけど国王様はまたため息を吐いた。


「仕方あるまい。アルグスタに何かあれば、あれが飛んで来ると言う噂は皆が知っている。それが事実であっただけだ」

「畏まりました」


 一礼してお兄ちゃんが掃除代金の請求書を手に取り宛先をハーフレンとした。

 勝った。今回は完全勝利だ。


「ところでアルグスタよ」

「はい?」


 戦勝を祝して部屋でケーキでもと考えていた僕を国王様が呼び止める。


「キャミリーがお前に転ばされて、怪我をしたと言う報告があるのだが?」

「……」


 ジトッ見つめて来る国王様の視線から顔を背ける。


「事実であったか?」

「……言い訳としては、抱き付いて来たのを回避しただけなんですけどね」

「だが女性の顔に傷をつけるのは万死に値する行為だ」


 何ですと? 顔に怪我?


「大丈夫ですか?」

「ふむ」


 腕を組み国王様が沈黙する。

 まさかそんな大怪我とはっ!


「鼻を打って鼻血を出した」

「って鼻血か~いっ!」


 思わずツッコんじゃったよ!

 あ~心臓に悪い。


「鼻血ではあるが、キャミリーはとても痛がってな……お主に謝れと申している」

「ん? それだったら後で僕の執務室にケーキを食べに来るように言っておいて貰えれば」

「否……屋敷に来て謝れと申している」


 国王様が遮ってはっきりとした口調で告げて来る。

 はあそっちですか。

 あの子は事あるごとに『遊びに来て』と言ってたな。


「分かりました。なら今度」

「失礼ながら陛下」


 今度はイケメンお兄ちゃんが僕の言葉を遮った。

 と、何か国王様がすげー嫌な顔しているんですけど? 何事ですか?


「キャミリーは前より人に抱き付く癖があって今はそれを直している所です。此度のことは自業自得。アルグスタの謝罪も要りません」

「だが」

「彼女の夫は私です」


 凛とした口調で珍しくお兄ちゃんが拒絶する。

 苦虫を嚙み潰したよう表情の見本たる物を浮かべ、国王陛下が押し黙った。


「アルグスタ」

「はい?」

「キャミリーには私が言っておく。此度のことは気にしなくて良い」

「……分かりました」


 どこか退出を促されているような気がして、仕方なく双子を連れて国王様の執務室を出る。

 そそくさと3人でその場から逃れ……自然と僕の執務室へとやって来ていた。




「あの2人って仲悪いの?」

「5年も王都を離れていたわたしにはちょっと……」


 双子の姉であるパルがそう答えながらケーキにフォークを突き刺す。

 これこれ妹よ。もう少し上品に食べなさい。


「あ~。あれですかね?」


 ケーキ買い出し係りのクレアがロールケーキを一本取り出しながら会話に加わる。


「確かシュニット様のお屋敷にはたくさんの子供が居て、その件で揉めているとか何とか聞いたことがあります」

「うろ覚えかい」


 本当に使えない子だな君は。

 と、ジト目でクレアがこっちを見る。


「アルグスタ様。私に対してきつく無いですか?」

「妹と部下の差だね」

「……」


 怒りに任せザクザクとフォークを突き立てながら、クレアがケーキを刻んでいく。

 だから少しは上品に食べろと言いたい。


「ところで何でお兄ちゃんの所はそんなに子だくさん?」


 似合わないと言うか、ロリコン疑惑はあるけれど……まさかの光源氏計画を地で行く人ですか?

 その問いに答えたのはパルだった。


「子だくさんは語弊がありますが……あの場所は一種の孤児院なんです」

「孤児院?」


 宰相の自宅が孤児院とかあり得ないでしょ?

 だけどパルの言葉が続く。


「実を言うとわたしもミルもあの場所で育ちました。国王陛下の私生児は、全てあそこに預けられ育てられるのです」

「何でまた?」

「……王妃様の子供としてです」


 とんでもない爆弾を投げ込まれた気がするんですけど?

 だがパルはこっちの気持ちを察してくれずに言葉を続ける。


「シュニット様のお屋敷にお住まいになっている王妃様の為の子供の園。事故に遭って子供を作れなくなった王妃様の為に解放された孤児院。一部でそう呼ばれているそうです」


 ミルもケーキを食べる手を止めて俯いている。

 悪く言われているっぽいのが許せないのかな?


「王妃様はとても優しい人なのですが、公の場に姿を現さないので一部貴族からとても悪く言われています。国王様が側室を1人で留めたのは、あくまで政治的な意図があって……どうしても娶らなければいけなかったのだと伺ってます」


 チラチラとこちらを伺うパルに『気にするな』とだけ伝えておく。

 それって一応うちの実家な訳ですが……反逆の罪で僕以外全員処刑されてるしね。


「ですので国王陛下はメイドに手を出しては子を作り、その子を全て王妃様の元へ」


 良い話っぽい感じが突然直角に曲がった気がする。

 自分の趣味を、性欲を、物凄いオブラートに包んで誤魔化してない?


「えっと……母親の方は?」

「十分な金銭を与えていると聞きます」


 でも子供を取り上げちゃうのは……世界が違ければありなのかな?

 まあ腐っても相手は国王陛下な訳だから逆らえないか。


 そっちの倫理的な問題は一先ず忘れよう。ここは異世界だしね。


「そうなると……お兄ちゃんは僕を王妃様に会わせたくないのかな?」


 ちょっと前に国王様からそんなことを言われた気がする。『王妃様が会いたがってるとか』何とか。

 あの時は『ノイエの仕事が再開したばかりなので落ち着いたら』みたいなことを言って誤魔化したんだよな……ぶっちゃけ行くのが面倒臭かっただけだけど。


 何となくだけど、悪い予感がして来たよ。




(c) 甲斐八雲

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