親は子を思い子は親を思う

「兄貴よ……この金額は高過ぎないか?」

「諦めろ。土を入れ替えねばならん。血肉の臭いでドラゴンが押し寄せるかもしれんしな」

「か~。ちょっとアルグに嫌がらせをしたらこれだ。アイツの幸運っぷりはおかしいだろう?」


 手渡された請求書を投げ捨て、ハーフレンはソファーの背に体を預ける。

 弟の様子に薄く笑ったシュニットは、手土産のワインを彼のグラスに注いだ。


「……親父がだいぶ手を回し始めたな?」

「ああ。それだけ『お願い』されているのだろうな」

「困ったな。本当に困った」


 天井を見上げて彼は手で顔を覆う。


 はっきりとそう言った態度が取れる弟を少し羨ましく思いながら、シュニットはグラスに口を付ける。

 いつも飲んでいるはずのワインがとても渋く感じる。


「チビ姫を使ったと言うことは、パルとミルも使われるか?」

「だから先手を打ってあの2人をアルグスタにけしかけたのだろう?」

「ま~な」


 ハーフレンの元に報告は上がっている。

 国王の執務室を出た彼らが対ドラゴン大隊の執務室に入って行ったことは間違いない。


 ついでにブロストアーシュのケーキを抱えたクレアのことも報告が来ている。

 ドラグナイト家はあの店の常連を通り越して、店丸ごと買い取りそうな勢いだ。


「パルとミルを使えないとなると……次はどうする?」

「残された手は少ない」


 グラスを机に戻しシュニットは深く息を吐いた。


「アルグスタの休みに直接馬車を向かわせて連れ出すだろうな」

「敵はスィークか。あのメイド長は本当に厄介だぞ?」


 子供の頃からとにかく苦手意識を持つ女性の存在にハーフレンは頭を抱えた。


「兄貴があの屋敷で生活できることが俺としたら尊敬に値するよ」


 弟の言葉に兄は鼻で笑う。


「あそこほど子供らを置いておいて安心な場所は無いからな」

「まあな」


『子供の園』『孤児院』など多々呼ばれる場所であるが、あの屋敷の中に居る限りこの国でも指折りの安心と安全が確保されている。


「だからこそ問題は……」

「分かってる。ノイエだな」


 彼女をあの場所に連れて行くことは不安要素しかない。

 如何にアルグスタの命を聞くとは言え、『万が一の間違いが起きたら?』と思うと安易な判断は下せない。


 シュニットもソファーの背もたれに体を預けると天井を見た。

 らしくない兄の様子に、『疲れているのか……』とハーフレンは内心その身を案じた。


「親は子を思い子は親を思う」

「何だよそれ?」

「……前に読んだ本の一節だ」


 軽く頭を振って体を起すと、そのまま立ち上がったシュニットは軽く肩を回す。


「あの人は何を思って"ノイエ"を呼ぼうとしているんだろうな?」

「知らねえよ」


 少し怒った様子で突き放す弟にシュニットはクスッと笑う。

 分かっているのだ。母親の望みなど……息子なのだから。


「ノイエが挙式の時に見せた"あの力"か」

「使わせねえよ。絶対に」


 パシンと手を打ちハーフレンが危険な気配を漂わせる。

 10年前から身に纏うようになったその気配は……亡き大量殺人犯たちの物とどこか似ている気がする。


(酔ったか……)


 軽く頭を振ってシュニットは思考を払った。


「とにかく陛下の動きに注意するしかない」

「……そうだな」

「それか……」


 クスッと笑う兄にハーフレンは視線を向ける。

 珍しく、どこか悪戯を思いついたようなそんな表情を見せる兄が居た。


「アルグスタに全てを話して……こちらに引き込むかだな」




「ん~」

「……」


 ベッドの上でいつも通りノイエを後ろから抱きしめる。

 肌が触れ合う場所が少し熱を持って汗が出るけど、夜になると気温が下がるから助かる。


 本日のノイエは僕の意向を受けてポニーテールバージョンだ。

 白いうなじが眩し過ぎる。ついでにキスして味わったりもしちゃう。


「んっ」


 唇が触れたらノイエが小さく鳴いた。

 もう本当にこの可愛い生き物は何なんでしょう?


 と、肩越しに彼女がこっちを見る。


「……する?」

「今日はしません」

「……はい」


 しょんぼりと彼女のアホ毛が垂れた。


 前から思っていたのだが、もしかしてノイエってば……彼女の左右の肩に手を置いて回るように合図する。

 クルッと体勢を入れ替えてノイエが体ごとこっちを向いた。


「ねえノイエ」

「はい」


 クリっとした目で彼女がこっちを見る。

 うんやはり可愛い。じゃ無くて。


「いつも『する?』だよね」

「……?」


 アホ毛が何となく『?』に見える。

 レベルを上げて来たか……何のレベルか分かんないけど。


「ノイエがしたい時は『する?』じゃ無いんだよ」

「……」


 薄っすらと無表情の顔が赤くなった。


「ノイエがしたい時は『したい』って言ってね」

「……」


 パクパクと金魚のように口を動かし、ノイエが俯く。

 もう耳とか真っ赤だ。


「はいノイエ。言ってみようか?」

「……」


 微かに震えながら彼女の顔が上がる。

 上目使いでどこか恥ずかしそうに……何この可愛いと言う名の暴力は!


「……欲しい……です」


 まさかのアレンジだと!


 我慢出来なくなってノイエに飛びかかり押し倒していた。

 何か彼女の言葉が続いていたような気がしたけど……君の望んでいる物は分かっているから平気だ!




 燃え尽きたように寝ている彼女のばかの寝顔を見つめる。

 深く深くため息を吐いてゆっくりと立ち上がった。


 少し肌寒く感じシーツを手にして身に纏う。

 しずしずと歩いて壁に掛けられている鏡を見つめると……そこにはいつも通り綺麗に成長した"ノイエ"が居た。


「そうよね。王妃様はまだ生きているのよね」


 薄く開いた口が言葉を発する。

 そして冷たく笑いだす。


「全ては私の過ちだと言うのに……」


 成功してしまった召喚術式。あれが全ての間違いだった。


「死にたくなったのかしら……王妃様?」


 鏡の中のノイエは笑う。ポロポロと涙を溢して。


「ごめんなさい。リア伯母様……」




(c) 甲斐八雲

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