人間しゃちほこ

 こっそりと隠し扉を開いて外の様子を確認する。


 かくれんぼが鬼ごっこになって、何か知らない間に一族の闇を見聞きしたよ。

 ビックリだよ本当に。一体どうなってるの? ねえ?

 とりあえず愚痴とクレームは後回しだ。


 僕を追い回しているチビ姫+双子の妹(仮)をどうにかしないといけない。

 意味が分からないけど、本当に何がどうしたらこうなるの?


「あっ! おにーちゃん見つけたです~っ!」

「ちっ!」


 子犬のように突進してきたチビ姫をクルッと回避して全力で逃げる。


 背後で鈍い音がしたけど大丈夫だろう。うん。ちょこっと確認しておこう。

 肩越しに後ろを見たら、お城のしゃちほこがそこに居た。まさに人間鯱だ。


 顔面から床に突っ込むか? 生き急ぎ過ぎだろう?


 何よりその面積広めの下着はどうかと思うよ。

 あれだあれ。紙オムツにしか見えない。


「いやぁ~! キャミリー様っ!」


 角を曲がって来た途中乱入の少女の方が、殺人現場に遭遇した令嬢チックに叫んだ。


 大丈夫。その子は無駄に強い子だから。作りが頑丈だから。

 自分にそう言い聞かせて全力で走る。

 何かあったらノイエにケーキを持たせて相手させれば、キャミリーは笑顔で済ましてくれるはずだ。


「この女の敵がっ!」

「のわっと!」


 突然横から蹴りが飛んで来た。

 回避出来たのはただの偶然。だが蹴りを放って来た少年が追い打ちをかけて来る。


「待て! この女の敵!」

「その手の言葉は、綺麗なドレスを着た人に言われたいです!」


 と、背後から嫌な気配が。

 一瞬足を止めて肩越しに見ると、プルプル震える少年が怒っていた。


「オレは女だ~っ!」

「だったらそんな恰好するな~っ!」


 僕の訴えは間違っていないはずだ。

 神よ。僕は何か間違っているでしょうか?


「この服は趣味だ~!」

「ああそうですか」


 趣味って言われたら何も言えねえ。それって最強のフレーズじゃない?


 とりあえず尻尾を巻いて全力で逃げる。




 逃げること暫し……城を出て、兵士たちが鍛錬に使っている広場まで出て来た。

 もう無理っす。これ以上走れません。


 両膝に手を着いて呼吸を整える僕に対して、双子の妹(確定)が歩み寄って来る。

 息を切らし汗をかいているがまだ歩けるとは……これが若さか?


「アルグスタ元王子」


 ドレス姿の少女が口を開く。


「ハーフレン様に対する数多くの暴言。キャミリー様への暴行。そして何より日々の傍若無人っぷりは、この国中の貴族が知る所! 同じ陛下を父と持つ身として、決して許せません。悔い改めなさい!」


 犯人を追い詰めた探偵のようにビシッと指さし言われた。


「あ~。馬鹿兄貴に関しては向こうが大半悪いのよ? で、キャミリーは自爆だし、貴族への暴言は……」


 一瞬言葉に困ったけど事実を言うべきかな?


「うちのお嫁さんを悪く言うのが悪いんだ。それだけは誰であっても許さない」


 二人の妹らに対して、これだけは宣言しておく。

 一瞬怯えたようにたじろいだが、踏ん張って二人はこっちに向かい構える。

 って、何する気なのかね?


「つか何で僕のことを悪く言うのさ? そもそも誰からそれを聞いたの?」

「「……」」


 困ったように顔を見合わせボソボソと小声で相談する。

 キッとこっちに鋭い視線を向けて来たのはドレスの少女だ。たぶんお姉ちゃんなのかな?


「ハーフレン様からの手紙に書かれていました。『毎日アルグスタにいじめられて大変なんだよ。助けてくれ』って」

「くたばれ糞兄貴!」


 思わず広場から見えるお城の窓に向かい叫んでいた。

 馬鹿兄貴の執務室から身を乗り出した長身のメイドさんが、一礼して開いている窓を閉じる。


 決めた。あとで夫婦仲良くあの部屋に突撃してやる。許さんよマジで?


「本心をっ! そうやってハーフレン様をイジメているのですね!」


 しまった。墓穴を掘ったか!


 完全に敵対してしまった双子がジリジリと詰め寄る。

 あ~も~。色々と面倒臭い。何で僕が妹たちに追い回されるの? 意味が分からん。


「妹たちよ。一つだけ注意しておくね」

「……何がですか?」


 近づく足を止めてドレスの少女が聞いて来る。


「うん。この国で僕に敵対するって言う意味がどう言うことか分かる?」

「どういう意味?」

「そっ」


 一度言葉を切って囁く。これで十分だ。


「うちのお嫁さんの愛の深さを知ることになるよ?」

「何をっ」


 グチャグチャグチャ……ビチャッ!


 遠くから飛んで来たたぶんドラゴンであろう物が、広場の土をグロテスクな色合いに染めた。

 それを目の当たりにした妹たちは、震え上がって抱き合うとその場に座り込む。


「うん。色々とヤバいけど、まっ良いか」

「……はい」


 虚空から聞こえてきた返事に、双子が辺りを見渡す。

 僕の背後から染み出るかのようにノイエが姿を現した。


「「ひっ!」」


 完全に怯え切った二人がこちらを見てガクガクと震える。

 真っ白なノイエを見て、なんか違う物にでも見えたのかもしれない。


「紹介するね。僕のお嫁さんのノイエ」

「……よろしく」


 深々とお辞儀をして、ノイエが僕の前に立つと頭を差し出して来る。

 うん。もう可愛いな~うちのお嫁さんは。

 これでもかと頭を撫でると、ピクッと彼女は西の方を見た。


「行ってらっしゃい」

「……はい」


 フッとノイエが姿を消す。

 それを目の当たりにして双子がまた震え上がる。


 脅かし過ぎたかな?


「基本ノイエは優しいけど、僕に何かあると大変だから……気を付けてね?」


 コクコクと壊れた人形のように二人が頷く。


 良し。妹とのファーストコンタクトはこれぐらいで良いか。

 問題は……ぶちまけられたドラゴンらしき物と、ノイエが王都内を飛び回ったことかな?


 腕を組んで首を傾げて考える。


「まっ良いか。全部馬鹿兄貴のせいにしよう。うん」


 妹たちに罪を押し付けるような兄にはなりたくないしね。




(c) 甲斐八雲

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