踊るの?
「どうしてお前が接待役なんだろうな? 普通に考えて俺の方が適任だろう?」
「文句を言いに来ただけなら出て行きたまえ。こっちは余計な仕事のお蔭で忙しいんだからっ!」
突然接待役を押し付けられたと思ったら、その間従来の仕事が滞る訳で……おかげで朝から書類仕事が数倍に増えた。
「こっちは猫の手も借りたいほど忙しいの! 分かってる?」
「だからって……まあ間違ってはいないが大丈夫か?」
「何が?」
馬鹿兄貴がずっと僕の隣を見ている。
自動書記状態のノイエは、クレアが差し出す書類の内容に目を向けることなくサインして行く。
「ノイエ小隊の隊長のサインに何か問題でも?」
「内容見て無いだろう?」
「内容の確認もしないでこっちに書類の山を回して来る近衛団長と比べたら大差ないでしょう?」
「……確かにな」
認めるなよ。皮肉なんだからさっ!
「それにクレアにはこっちに有利になる内容ならそのままで、こっちが不利になるなら差し戻すように指示してあるから問題無い。ちなみに近衛も"敵"認定なので内容確認しないで送って来ると後で痛い目を見るかもね」
「本当に最近のお前は可愛くないなっ!」
「……人は汚れて穢れて行くんだよ」
うんうん頷いていたら、馬鹿兄貴に軽くどつかれた。
ピクッと反応したノイエの様子で馬鹿は颯爽と逃げて行く。
「そうそうアルグよ」
「何さ?」
「明日の歓迎式典からの舞踏会はお前も参加な」
「ノイエ随伴で良ければね」
「……舞踏会からの参加で良いか」
「ちっ」
逃げられんか。面倒臭い。
「露骨に舌打ちするな。相手の指名だし……何より少し足らんが胸が大きくてすこぶる魅力的な女性だぞ?」
「邪魔ですハーフレン王子」
戸口で顔を覗かせて品の無いことを言っていた馬鹿が苦痛に顔を歪ませて姿を消した。
代わりに怖い空気を身にまとったフレアさんがとても静かに入って来る。
「ちなみにクレアも舞踏会に参加することになっているから」
「へっ? わたしまだ未成年で……」
「機会があったら社交界に連れ出せとお父様からの厳命よ。引き摺ってでも連れて行くから猫を被って良家のお嬢様の振りをしなさい」
「上級貴族のわたしは一応良家のお嬢様だと」
「決して粗相をしないこと。下着を濡らす」
「あ~あ~!」
クレアが壊れて耳を塞いで蹲った。
あの日なのか、彼氏にドタキャンでも食らったのか……フレアさんの機嫌がMax悪い。
「それとハーフレン王子? 明日は貴方の婚約者のお披露目になるのではと噂が先行していらっしゃいますわ。態度をはっきりしておかないと……国賓にもご迷惑が?」
「祝いの言葉とか要らないんだけどな。この足で親父と会って決めて来る」
「宜しくお願いします」
前かがみで腰を叩いている様子から股間を蹴り上げられたか。やっぱりフレアさんは怖い人だ。
「アルグ様」
「ん?」
ペンを持ったままフリーズしていたノイエが僕を見る。
少し困った様子でアホ毛が揺れている。
「舞踏会……踊るの?」
「……はっ!」
大ピンチだっ!
「フレアさん?」
「たぶんそうなるかと。隊長に踊りを申し込む勇者は居ないとしても……最悪お二人で踊ることになると思いますが?」
「って僕に申し込む人とか居るの?」
そんな話は聞いてない!
「ええ。宣言しているとは言ってもアルグスタ様の血筋と財力は魅力的ですから。一発逆転を狙う貴族のご息女などが妾でも良いからと殺到してくるかもしれないですね」
軽く首を傾げて彼女は言う。
あはは。マジか~。ってそんな馬鹿など舞踏会会場から追放してくれっ!
「ただしアルグスタ様は元王子。お断りになっても大丈夫でしょう」
「よっしゃ!」
「ただお一人を除いては」
「……誰?」
「来賓のマリスアン様からのお誘いは断れないかと」
踊るな共和国の魔女~っ! 魔女なんて生き物は手の平の上で男を躍らせてろって! って間違って無いのか~っ!
「あれだよね? 魔法使いさんだから踊りとか」
「彼女の魅力は容姿だけでは無くて、知性と教養。並びに作法や宮廷マナーに至るまで多岐に渡るとか」
「……つまり踊れるのね?」
「大変お上手だと言う噂です」
しれっとフレアさんがとどめの言葉を投げて来た。
「右足を出して左足を引く。軽く回るように体を動かして……アルグスタ様? 学ぶ気はございますか?」
「必死だから! 結構本気で真面目にねっ!」
「でしたら……才能が欠片も無いのでしょうね」
踊りの練習相手を務めてくれるフレアさんから、涙が溢れそうになる言葉を頂いた。
こっちの様子を見ながらクレアがイネル君を相手に軽く踊っている。
これだから貴族の娘は~っ! 幼少期から確りと学んで来たことを自慢する気だろうっ!
コンコンッ
「失礼しま~す。ルッテの巨乳がやらかした後始末の報告……って何してるんですか?」
「ミシュ!」
「はい?」
「残念な君ならこっちの味方だ。さあ共に踊って無様な姿を曝そう」
「……アルグスタ様?」
ちっさくて薄い彼女が僕を冷ややかに見つめて来る。
まさか……そんな馬鹿なっ!
「これでも私……踊りは人に教えられる程度の腕前ですよ?」
「この裏切りの水平線胸が~っ!」
「ザックリと抉る一言が余計ですよね~っ!」
怒りに任せて飛びかかって来たミシュが白い影に阻まれ窓から外へと消えた。
人影は……ずっと不機嫌そうにしていたノイエだった。
(c) 甲斐八雲
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