合同軍

「なるほどのう。北の方ではだいぶドラゴンの勢力が増している様子だな」

「はい。小型のものならどうにか封じられても中型に大型と……その数を増やし暴れている様子です」

「して共和国は何を企んでいる?」

「はい。各国共同でのドラゴンを駆逐するための軍事行動……それを思案している所です」


 来賓の要望で会議にはごく少数の者だけが集められた。

 共和国からは魔女マリスアンと護衛の騎士2名。

 ユニバンスからは国王と宰相、そして護衛として近衛団長の3名だ。


 流石の魔女も相手の出迎えに軽く驚いた素振りを見せたが、他意は無いと言いたげに自前の杖を手放し会談に臨んでいる。


「各国合同となると……帝国あたりが断って来るであろう?」

「ええ。ですから周りの国々から交渉を始め、外堀を埋め、帝国が断りにくい状況を整えてから交渉にあたろうかと考えています」

「なるほどな。それで最初に我が国か?」

「はい。貴国のドラゴンスレイヤー……ノイエ・フォン・ドラグナイト様の参加を是非にと」

「しかしノイエをこの国から出してしまうのは……な」


 わざとらしい初老の王の言葉に魔女は柔らかな笑みを浮かべる。


「他国に奪われるのではないか? その不安を拭わなければ話は進みません。ですから共和国としては、『合同軍に参加する者を、いかなる理由でも足止めする行為を禁止する』と言う条文も考えています」

「ふむ。ならば『合同軍に参加した者を、必ず帰国させる』の方が宜しいだろうな」

「はい。ですが戦場では何が起こるか分かりませんので」

「ああ。なら『死体でも帰国させる』では?」


 王の度重なる斬り込みに魔女は笑い答える。


「ドラゴンスレイヤーを持たぬ国は信用出来ませんか?」

「持っている国でも信用など出来まい。聞こえておろう? 帝国のドラゴンスレイヤーのことは」

「ええ。僅かながら存在は掴んでおりましたが……その正体までは全く」


 素直に情報が無いことを晒す魔女に国王は隣に座る息子へ指示を出す。

 何も言わず立ち上がった彼は魔女に向かい歩き出す。

 一瞬背後で控える騎士が反応し掛けたが、魔女が片手で制する。


「少し気が早いが今宵の晩餐でのメニューだ。もし頼みたいものがあるのならどうぞ申してくれ」

「……なるほど。ユニバンス王は女性に対して大層お優しいと言う噂は事実の様にございますね」

「あはは。美人……と言う単語が抜けておるよ」

「あら? 私は貴方様のお目に適いましたでしょうか?」

「十分にな……我が国に欲しいほどに」


 メニューは帝国のドラゴンスレイヤーに関して事細かに書かれた物だった。

 とても貴重な"料理"だ。これでは何かお返しが必要なほどに。


「此度の合同軍の立案自体に裏表はございません。確かにドラゴンスレイヤーを持たぬ我が共和国は、貴国のノイエ様の存在が喉から手が出そうなほど欲しているのも事実。

 特に結婚式で一泡食わされたハルツェン様が熱望しておられるとか……ただ彼の場合はその性癖に難がございますので、決してノイエ様を彼に預けることの無いように」


 背後で慌てる騎士など無視して魔女はクスッと笑う。

 この程度の情報など提供しても構わない。そう彼女は判断し言葉を続ける。


「合同軍の条件に関しましてはまた持ち帰り改めて正式な書面でお送りいたします。その時はきっと納得いただける形にするよう努めます」

「そうか。そうあると助かるな」

「ええ。時に……」


 わざとらしく魔女は彼の息子二人を見る。


 跡継ぎとして有名な若き宰相は顔色一つ変えず佇み、武に秀でている次子は真っ直ぐ彼女の胸を見ている。

 まったくブレることの無い熱い視線は、逆に感心して呆れながらもう好きにしてと思ってしまう。


「私がお願いしたアルグスタ王子……元王子は?」

「ああ。突然の指名で貯まっている仕事を処理している最中だ」

「あらあら。それは大変申し訳ないことをしてしまいましたね」


 少し考えてポンと胸の前で手を打つ魔女。


「ならせめてお詫びとして彼に関する話を一つ」

「……何かね?」

「はい。彼が口約束とは言えとある貴族の娘を娶ると約束したお話は御存じでしょう?」

「らしいな」


 共和国からもたらされたその話は、ハーフレンがどれ程調べても当事者を発見できていない。

 素性は分かっているのだが、本人が姿を消している。たぶん国内には居ない。


「そのご息女は共和国で保護されていると申したら?」

「ほほう」

「それと……そのご息女が妊娠出産なされているとしたら?」

「な……に?」


 流石の国王も息を飲んだ。

 想定していた最悪よりも悪い知らせだ。


「確認のしようはございませんが、彼女が申すには『父親はアルグスタ王子』とのことです。

 ただ私の目からは"嘘"だと判断しておりますが、保護している内務大臣は"事実"として行動を起こそうとしています」

「……」


 クスッと笑い魔女は謳う。


「現在2人の大臣は、手柄欲しさに色々と無理をなさっているご様子。きっとユニバンスからも何かしらの譲歩を引き出し自分を有利にしたいのでしょう」

「つまり次……この国に訪れる者は?」

「はい。内務大臣のウシェルツェン様であるのは間違い無いと思います。合同軍の件……前向きに御一考のほどを」


 美しい顔に妖艶な笑みを浮かべ、魔女は静かに佇んだ。




(c) 甲斐八雲

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