血みどろファシー

 話は半日ほど戻る。



「本当に良いんですか?」

「構わん」

「ブロストアーシュの高級ケーキとか買っちゃいますよ?」

「構わん」


 どこぞの司令官のように机に肘をついて顔の前で手を重ねる。

 威圧感と言うか、本気を示したいんだ。


「んくっ……あれですからね? 半分とかじゃなくて1個丸々のを」

「ふっ……クレア君」

「はい?」

「君の前に居る人物がどう呼ばれているか知っているかね?」

「最近多いのは『お嫁さんを脅迫材料に使う最悪な末弟』ですかね」


 知らない間に酷い言われようだな! そんなことを言ってる奴は見つけ次第ノイエと一緒に遊びに行ったる!


「ドラグナイト家の家長ですから! お金持ちで有名ですからっ!」

「……自分でそれを言うと人聞きが悪く聞こえますよ?」

「煩いよ。そんなドラグナイト家の家長が主催する『最近忙しかったから甘い物を食べて疲れを忘れようの会』に高級ケーキ1個2個とか貧弱なことを言うな! 人数分食べられるだけ買って来い!」


 怯み後退したクレアが、瞬時に復活した。


「アルグスタ様? 正気ですか?」

「お嫁さんの許可は取ってある。こっちはノイエが食べる分だから別に買って来てね」


 今日は珍しく晴れたから、朝からウキウキとして彼女はドラゴン退治に向かった。

 だからこそ……今やるべきことをしておかないといけない。


「良いんですね! ならわたしも遠慮なくアルグスタ様のお金で買い物しますよ?」

「構わん。ドラグナイト家の本気を見せて来い!」

「分かりましたっ!」


 小躍りしながらクレアが部屋を出て行った。


 とは言っても今日の参加者は……僕とノイエとクレアとイネル君とルッテぐらいだ。

 誰か甘い匂いを嗅いで乱入して来なければだけど。


 と……あのお馬鹿さんめ。


「失礼します。アルグスタ様」

「丁度良い所に」

「はい?」


 書類を抱えて入って来たイネル君が、僕の机の上にその山を置く。


「これが頼んだヤツ?」

「はい。でも閲覧制限が掛けられていました」

「だろうね」


 彼は恭しく普段僕が腰に吊るしている身分証にもなる飾りを返して来る。

 一応元王子の身分証だから……恭しく扱うのは仕方ないよね。


「で、クレアがノイエの分のメモを持たずにお店に向かったから、これを持って追いかけてくれるかな?」

「はい」

「その辺に居るメイドさんとか護衛の騎士とか連れて行っても良いからケーキの方を宜しくね」

「はい」


 恐縮しながらもイネル君もどこかソワソワしている。


 きっとお店に行って普段買えないお菓子を買う気でいるのだろう。今日は無礼講なので何をどれだけ買っても怒らないと宣言してある。そして費用は全て僕持ちだ。


「ケーキばかりだとあれだから焼き菓子とか目新しい物があったら一緒に買っといて。余ったらメイドさんとかにおすそ分けするから」

「はい。……失礼します」


 言葉の続きが無いと察して、彼はペコッと頭を下げると部屋を飛び出して行った。

 今度故郷に戻った時のお土産を選びたいのだろう。


 まあ良い。あの二人にはここ最近オーバーワークを強いて来た。

 基本給以外の給金は払うのが難しいから、現金以外の物として本日のお菓子祭りだ。


 部屋の外で待機しているメイドさんに一声かけて飲み物を頼み……僕はイネル君が持って来た書類の山に手を伸ばした。


『凶悪犯に関する書』


 事務的な文字で書かれた表紙を捲り確認する。

 最初に見たかったのは……あった。


"ファシー"と書かれた項目に目を向ける。


 紙の山を動かして彼女の書類を引き抜くと、そこそこの厚みがあった。


『隠居していた魔法使いに師事し魔法の才能を磨いていた彼女は、ドラゴン襲撃の際に発生した国内の混乱に乗じて多数の市民を殺害した。

 その魔法は彼女特有の物であり再現は不可能。

 無数の空気の刃を作り出し使役し切り刻む様子から"血みどろファシー"と呼ばれ恐れられた。

 王国軍を動員し捕縛、後に斬首刑に処した。

 彼女の殺害した者たちや現場の様子などは別紙を参照の……』


 表紙代わりに書かれている文章を目で追って、一応軽く内容を確認する。


 地球で言う所の無差別テロに近い内容だ。

 壊れた様子で笑いながら魔法で人々を斬り殺した。でも……


 読み終えた資料を戻し、心の中のわだかまりを息にして吐き出す。


 彼女はきっと怖かったのだろう。

 ドラゴンと言う未知の存在がこの国に、自分の間近まで迫り、その恐怖でパンクしたのかもしれない。


 あの日、ノイエの顔に浮かんだ彼女の表情は"恐怖"だった。

 そう考えればしっくりと来る。だからって無差別殺人は罪だ。彼女はその罪に裁かれた。


 また別の資料に手を伸ばす。


 ここ10年……と言うか、10年前に爆発的に生じた事件には、少年少女が多く関わっていた。

 そのどれもが大きな事件を起こしている。


 どうして10年前のこの時期に?


 物は試しに心の中で"あれ"に向かって問いかけては見たけど、こっちの質問は完全スルーなのね。そっちの都合で一方通行で声は掛けて来るくせにっ!


 索引を手に1つ1つ確認する。誰もが捕まり処刑されていた。


 ただ……あれ?

 もう一度順番に確認したけれど、やはり無い。


 カミューとグローディアの資料は何処だ?




(c) 甲斐八雲

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