やっぱり無理だな~
「工事関係の人が来ているというのに……少しは近衛騎士の自覚を持ちなさい」
「「はい」」
明日からの長期の休みに備え私物を取りに来たフレアに、ミシュとルッテの二人は頭を垂れていた。
そんな様子を眺めているだけのノイエは、両足をプラプラさせながら丸太を横にしただけの椅子に腰かけている。
「ならミシュは罰としてこの周辺の草むしりね」
「……って私だけ?」
「当たり前でしょ? 隊長が元に戻らないことが結構な問題になっているのよ。草むしりぐらいの罰なんて緩すぎて罰にもならないわ」
「そっちの罰かっ!」
何たらの壺の中をノイエに覗き込まさせた張本人であるミシュは、各所からクレームを受けまくっていた。
一番の問題は……少女姿のノイエがドラゴンを殴り飛ばす姿が、他の子供たちの教育に良く無いといった保護者からの苦情の多さだ。
「この国の人たちは冗談を笑って許せる広い心を持って欲しいと思うわ~」
「そうね。もう少し厳しかったら吊るし首だったものね」
草むしりに向かおうとしたミシュの足が止まる。
ギギギと錆び付いた音を発しそうなほど硬い動きで頭を巡らせ……いつも通り笑顔の同僚を見る。
「冗談?」
「……アルグスタ様に感謝しなさい。あの人が『ノイエの成長を見守れるのって良いよね。成長した姿を知っているから楽しみだ』と言って、騒ぎにしないように務めてくれているから繋がった首よ」
「アルグスタ様~っ! ありがとうございますっ!」
城の方を向いて馬鹿が土下座した。
「で、ルッテ?」
「はい?」
「明日から私が休むから、とりあえず3日間だけいつも通りやってみなさい。4日後に一度顔を出しに来るから、もしそれで不都合が出ているようなら言いなさい。良いわね?」
「はい」
ルッテの返事は緊張からか少し声が上擦った。
フレアは優しい笑顔を向け、この連休で片付けないといけない仕事の多さに内心息を吐いた。
別に"彼女"が悪い訳でも無いのだが、自然と視線がノイエを見る。
何かを待っている様に足をフラフラさせていた彼女が、弾けたように飛んで地面に立った。
「あっち」
残像を残して姿を消す。
急いで祝福を使うルッテは、小型のドラゴンが捨て場に現れたのを見つけた。
「あ~。流石隊長だ。もう到着して……殴ってます」
「出来たら魔法で攻撃してくれる方が今は良いんだけどね」
「……大型も殴り殺してましたよ?」
尻尾を握って振り回している姿を上空から見つめ、ルッテは視点を切り替えて他の場所にも目を向ける。
急激にお腹が空腹を訴えて来たから祝福を切って小屋へと向かうことにする。
「そうだルッテ」
「はい?」
「アルグスタ様が『後で執務室に来るように』って」
「……わたし何かしましたか?」
「さあ? あの人の考えが分かるのは隊長ぐらいだから」
肩を竦める上司に、ルッテは何とも言えない不安を覚えた。
祝福の都合、長期休みを貰えるルッテだが毎朝の捨て場確認の仕事は義務付けられている。
もし何かの間違いで夜間に大量のドラゴンが捨て場にやって来ていて、それを知らずに兵士たちが近づこうものならこれほど危険なことは無い。だから彼女は毎朝兵士たちの集合場所に顔を出す。
(だからってこうして半休を貰っても……)
ゴトゴトと揺れる荷馬車に乗って、ルッテは城へと向かっていた。
フレアは私物を片付けると一人馬で帰路につき、ミシュは狂ったように草をむしっている。ノイエはたまに出るドラゴンを今も追い回して殴っていた。
(ある意味平和なんですね)
ドラゴンの脅威も、隊長たるノイエのお蔭でこの国ではだいぶ薄れている。
でもその苦労を他でもない、彼女の夫から聞かされたばかりだ。
「全身を裂くような痛みに耐えるなんて……やっぱり無理だな~」
14歳の少女は素直に自分の気持ちを口にしていた。
「ノホホホッ! 贅沢です……何なんですかっ! この贅沢はっ!」
「落ち着いてね? クレア」
「無理っ! 絶対に無理っ!」
「……太るよ?」
「女性に対する禁句を言うな~っ!」
部屋の中から響いてくる声に、ルッテはドアの前に立つメイドさんに視線を向ける。
石像の様よう顔色一つ変えず待機している彼女たちは、いつものことなのか何の反応も示さない。
逆にルッテの方が戸惑いながらもドアをノックして開いた。
「どうぞ」
「失礼します」
一歩部屋の中に踏み込んだルッテは、その甘ったるい匂いに息を詰まらせた。
執務室中の匂いがとにかく甘いのだ。
発生源はソファーの前に置かれているテーブルに山と置かれたお菓子だった。
「お~。お菓子の女王が来た」
「どんな意味ですか?」
「言葉の通りです」
部屋の主たる上司は、両手でカップを持ち何やら口直しをしている様子だった。
先輩であるフレアの妹が、狂ったようにお菓子を食べているのは何を意味しているのか?
「お呼びだと聞いたのですが?」
「うん。とりあえずそれ……好きなだけ食べちゃって」
「はい?」
「今回の南部遠征で苦労をした人たちを招いてのお疲れさまの会だから」
「……」
言ってる言葉の意味は分かるが、そんなことでわざわざ自分が呼ばれるとは思ってもみなかった。
ルッテは勧められるままソファーに座り、テーブルに置かれているお菓子を見る。どれもが高級菓子店で高くて美味しいと呼ばれる一品ばかりだ。
「食べて良いんですか?」
「ノイエの分はこっちで確保してあるから……それに残すと勿体無いしね」
「うま~! 今ならお菓子で窒息死して良いっ!」
先に出来上がっている少女を見つめ……ルッテも手を伸ばした。
もし出来たら帰りに少し包んで両親に持って帰ろうと考えながら。
(c) 甲斐八雲
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