嫌われてるの?
「現在お勧めな馬はこの子ですけど……」
頭に枝を刺したミシュが連れて来たのは栗毛の馬だ。
大人しそうな感じなんだけど……やはりノイエを見るとその足を止めてしまった。
「近づいちゃいけない相手を本能で察してるみたいですね」
「次に同じ言葉を言ったら、地面に埋めてその上を馬糞置き場にする」
「いや~。全身にあれの臭いが沁み込んじゃいます~」
どこか嬉しそうにクネクネと全身を震わせ、ミシュは栗毛の馬を離す。
恐る恐る僕らの前から離れた馬は、一塊になっている仲間の元へ戻って行った。
その姿を見ていたノイエがしょんぼりと肩を落とす。
馬に嫌われているのを痛感して……かなりショックだったのだろう。
「何か良い馬は居ないの?」
「うちは良い馬だらけですよ。ただ……」
ミシュの言いたい言葉は分かる。ノイエを恐れない馬が居るかどうかが問題なんだ。
おかしいな。僕と出会った頃はそんなに馬に嫌われてなかったのに。こんな風に嫌われるようになったのは……思い出したらちょっと胸が痛んだ。
彼女はただ僕を助けようとして、色んな思いが重なってあんな風になっただけなのに。
「何か居ないの?」
「居るんですけど……飼えますか?」
「その質問の意味は?」
馬を放牧している柵に飛び乗り腰を掛けたミシュがブラブラと足を振る。
今日の彼女は普段の鎧姿では無くてただの作業着だ。その姿がとても幼く見せる。
「とにかく大飯ぐらいなんです。普通の馬の倍は食べます。あと基本言うことを聞きません」
「それって乗馬として失格じゃ無いの?」
「はい。去年来たハーフレン王子も乗ろうと挑んで振り落とされました」
それはいい気味だ。でもあの王子で無理だと僕じゃ到底無理な気がする。
「嫌われてるの?」
ポツリと口を開いたのはノイエだ。
ただそう問うてくる彼女の表情はいつも通りに無表情。
「嫌われていると言うより……恐れられている感じですね。体格は良いんですが足が遅いんです。ただ力はあるんで最悪畑仕事とかで使うようにしようと考えてますが」
どこぞの王子のように肩を竦める。
言うことを聞かないからそっちでの仕事も難しいのだろう。
と、ノイエが僕を見る。
「アルグ様」
「見てみたい?」
コクッと小さく彼女が頷いた。
きっとノイエの琴線に何かが触れたのだろう。
あれだ。テレビ番組で見た。北海道のばんえい競馬だっけ? あれで重いソリを引く馬みたいに大きい。普通の馬とは体格から何から別次元だ。
「この子です。両親共に大きな馬だったんですけど……その大きさだけを引き継いだみたいで」
「ミシュと違って大きいな」
「あはは。雄だからあっちも大きいですよ? アルグスタ様とは比べられないくらいに」
「良いんです。僕には大きさなんて気にしない可愛いお嫁さんが居ますからね。独り者の売れ残りには残酷な話だったかな?」
「あは~っ! 天罰食らわせるぞ!」
馬鹿の処理を終えたノイエは、自分の背丈よりもはるかに大きい馬を見上げる。
一頭だけ別の場所に隔離されている巨体な馬をノイエは何も言わずに見つめるだけだ。
馬の方もその鼻先を彼女に向けて静かにしている。
通じ合っていると言うか……どこか同じ空気を感じる。
周りから恐れられて理解されない。ただ一人だけで生きて行くことを強要される。
「ノイエ」
「はい」
「その子が良い?」
「……はい」
恐る恐る手を伸ばして彼女は優しく鼻面を撫でる。
相手もゆっくりと顔を下げてノイエが撫でやすいようにしている。
ノイエが気に入ったんなら別に文句は無いんだけどね。
大柄な馬を見てて思う訳です。この馬って……僕にも乗れるかな?
「普通の部屋に泊まるのって久しぶりだな」
「?」
「ノイエと一緒になってからお城の離れか、今の屋敷とか、別荘とかだったからね」
「はい」
メイドさんが準備しておいてくれた寝間着を着せ、寝る支度万全のノイエがベッドの上でグイグイとマットレスを押している。ミシュの実家に来るにあたって立ち寄った街の宿は高級店だったから問題無かったけど、意外とノイエは寝る場所にはこだわるんだよね。
「眠れそう?」
「……」
露骨に嫌そうな空気が漂っているけど、今夜一晩だから我慢して貰うしかない。
「ほらノイエ」
「?」
「こっちに来て」
ベッドに腰かけて彼女を手招きし、ベッドの上を移動して来た彼女を捕らえて座らせる。
小さな彼女の足枕にすると、どこか嬉しそうにノイエが僕の胸をポンポンと叩いてくれる。
「ふ~」
「アルグ様」
「ん?」
「腕はいつ治る?」
「ボキッと完全に折れてたらしいからね。もう少しかかるんじゃないかな……どうして?」
「……欲しい」
「赤ちゃん?」
「はい」
ポンポンと胸を打つ彼女の手が優しく動く。
本当にノイエは子供が欲しいんだな。
「頑張ろうね。必ず出来るよ」
「はい」
「でも……もう少し待ってね。骨がくっ付いたらね」
「……はい」
どこか悔しそうに聞こえたのは気のせいだよね?
深夜目を覚ましたノイエは隣で眠る彼を見る。
「ねえ誰か?」
「なに?」
「この子って子供産めるの?」
「ノイエは一生このままでも良いのにね」
「そうね」
クスクスと笑いノイエは自分の手足を見つめる。
あの頃と同じ……皆が愛した少女の姿がそこにあった。
「きゃはは~。グローディアがこの姿を見て悶死してるわ」
「そうでしょうね。特に彼女はノイエの外見を愛していたもの」
「カミューと殺し合い一歩手前の喧嘩をしながらね」
「で、ノイエって子供を作れる?」
「……」
その問いに答えられる者は、彼女の"中"にすら居なかった。
(c) 甲斐八雲
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