捨てて来なさい

「ノイエが乗ってると大人しく従うんだけどね」

「大丈夫」

「いやダメだよね?」

「大丈夫」


 ギュッと抱き付いて来たノイエが僕の顔を見る。

 確かに大丈夫だ。僕はロリコンじゃない。ただどんな姿でもお嫁さんのことが大好きなだけだ。


「アルグ様の腕、治るまで……いつも一緒」

「ありがとうノイエ」


 チュッと彼女の額にキスしたら嬉しそうにしてくれる。子供の方が表情が気持ち柔らかい気がする。


 ミシュの家で馬を買ったら彼女の屋敷で一泊して帰る予定だった。

 その帰りの足はもちろん買った馬でと考えていたんだけど……確かにこの買った馬は足は遅い。でも一歩の幅が広い気がするから総合的にそんなに遅くないんじゃ無いのかな?

 走れば差が生じそうだけど、普段から歩かせる騎乗の僕からすればこっちの方が良いかも。


 夜に雨が降ったせいで少しぬかるんだ街道を一頭と二人で王都に向かう。

 ミシュの実家を出て中継の街に着くまでは降らなかったんだけど、寝て起きたら降った後だった。

 雨上がりだと舗装された道路の有難味を痛感する訳です。


「この感じだと夕方には着くかな?」

「はい」

「……本当?」

「大丈夫」


 グッと拳を握って力説して来る彼女の言葉を信じよう。


「なら今日はのんびりこんな風に過ごそうね」

「はい」


 ポフッと僕の胸に体を預けて来た彼女が目を閉じて甘えて来る。

 本当にノイエは可愛いな。


 と、その顔を突然動かし一点を睨む。


「アルグ様」

「うん良いよ。でも出来たら服を汚さないでね」

「はい」


 フッと姿を歪ませて彼女は僕の目の前から消える。


 暴れられると困るから馬を止めてちょっと待つと、木々の間から蛇のようなドラゴンが吹き飛んで消えた。


「お前も気を付けないとあんな風にノイエに怒られるからな?」

「プルル」

「本当だぞ? 僕を振り落としたりしたら本当に怒るんだぞ?」

「プルル」


 どうも信じてくれない馬に何度か語り掛けたけれどやっぱりダメっぽい。


 ノイエは3匹ほどドラゴンを退治して来ると、その亡骸を引き摺り歩いて来た。


「持って帰れないから捨てて来なさい」

「……はい」


 拾って来た野良猫を『元の場所に置いて来い』と叱られた少女のような雰囲気で、ノイエは街道から離れた場所に捨てに行った。

 ただ約束通り服に汚れを付けて来ない彼女は、やっぱり桁違いのドラゴンスレイヤーだ。




「アルグスタ様~!」

「ん?」


 街道を行く僕らの前から一頭の馬が走って来る。

 乗っているのは鎧姿の男性だ。近衛の騎士かな?


「どうしたの?」

「緊急です。ノイエ様と城の方へお急ぎください」

「分かった。先に戻ってて」

「はっ!」


 僕らの周りを一周した騎士はそのまま城へと走って行く。


「緊急だって」

「はい」

「そんな訳で急いで頂戴」


 ……知ってるよ。無反応ですよね?


「ノイエが頼んで」

「……お願い」


 パカラッパカラッと巨体を動かし馬が駆け出した。




 急いだお蔭で昼過ぎには城に着いた。


 馬を預けてメイドさんの案内で馬鹿王子の元へ。

 このパターンは良く無い。たぶん嫌なことが起きる。


「戻ったか」

「はい。で、何事?」

「うむ。南部の海岸に大型のドラゴンが出た」


 ピクッと反応したノイエが、分かるくらいにやる気だ。

 チッ。厄介な仕事だったら断る気でいたのに……この様子だと断れない。


「それで?」

「船の手配は終わっている。明日の朝から南部に向かってくれ」

「……僕とノイエで?」

「ああ。丁度雨期だからノイエも王都を離れられる」

「そうじゃ無くて……ね?」


 現在の僕は要警護対象らしい。帝国の襲撃にあったばかりだしね。

 だから日々ノイエと一緒に行動している訳です。それを理由に愛情を育んでますけどね。


「分かっている。本来ならミシュが適任なんだが休暇中だしな。だからルッテを連れて行け」

「あれも現在9歳児でしょうに!」

「ルッテの祝福は使える。それに貴族の幼児好きが執拗なまでに狙っていてな……騒がしいから一緒に行って来い」

「厄介払いかいっ!」

「そうは言ってもフレアを連れて行くか? 留守中誰が書類の面倒を見る?」

「……」


 選択肢が無かった。

 現在休業中のフレアさんが留守を預かってくれるから、ミシュの実家に馬を見に行けた訳だ。


「分かった。分かりました。行きますよ」

「分かれば良い。明日までには指示書を作成しおく。明日の朝迎えをやるから今夜は休め」

「はいはい」

「夜遊びするなよ?」

「しないよ!」


 お子様ノイエに手を出すほど飢えてませんから!

 ……ホントウダヨ? キスはエッチに含まれないよね? あと触るのも?




 曇天の空って言葉で合ってるのかな?

 分厚い雨雲が空を覆って今にも降り出しそうなのに……そんな中船で川を下ると言うらしい。


 慌ただしく準備が進められているのは、王国が一艘だけ保持する船だ。

 立地的に海に面しているとは言っても海洋貿易とか存在していない。この船の主な任務は海まで下って人々の生命線である塩を運んで来ること。


 つまり物流がメインなので乗る人間に対しての配慮は無い。


「わたしダメなんですよ~。山育ちだし、こう揺れてるのは好きじゃないんです~」

「……」


 ガクガクと足を震わせている少女のルッテと微動だにしない少女のノイエ。

 やはり若返っても隊長の貫禄が……ってあれ?


「ノイエ?」


 ずっと遠くを見つめている彼女の視線が揺れっぱなしだ。

 気持ち蒼い顔をして僕を見つめて来た。


「アルグ様」

「ん?」

「……出そう」

「…………船の一番後ろでして来なさい」


 コクコク頷いた彼女は、その状態で固まると……急ぎ一番近い手すりから上半身を出した。


 ノイエって船はダメだったのね。




(c) 甲斐八雲

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