この無能共が!

 自宅の庭で椅子に座って遠い空を見つめる。

 時折ノイエが大ジャンプをし、ドラゴンを殴り飛ばしつつこっちの様子を見ているのが分かる。


 大丈夫だから……ちゃんと謹慎してるからね?


 どうしてこうなったのかを思い返すと、地方巡視に行った馬鹿兄貴が全て悪い。

 国の武官と文官が一堂に会する会議……主要会議に、僕は近衛代表として参加させられた。

 肩書の上では筋肉王子の次に偉いから逃げ出すことが許されない。


 ただイケメンおにーちゃんが『事前に準備したこの書類を読むだけで良い』とカンニング用紙をくれたお蔭で会議での報告は無事に終えた。


 ……その後の議題に関する質疑応答で、悪い虫がまた出てしまった。




「……ですからアルグスタ様は不当に近衛の資金を運用していると言わざるを得ない」


『そうだ。そうだ』と合唱するその他将軍たちがマジでウザい。


「との発言があるが、アルグスタよ?」

「はい」


 司会進行役はイケメンおにーちゃんだ。その表情はピクリとも動いていないから良く分からないが、一段高い所に居る王様がこっちを見て『堪えろ』と口を動かしているのが分かる。


 分かるんだけどね。


「あ~。そこの似合わない髭のオッサン」

「っ!」

「そうそうあんた……何ですか? 僕がノイエたちの所にお金を使うのはおかしいと寝言を言ってるように聞こえたんだけど気のせい?」

「こののの~! 言った! そう言った!」

「馬鹿はその毛量の足らない可笑しな髭だけにしてくれるかな? それだったら剃った方がまだマシ。むしろ威厳を損なって滑稽にしか見えないから」

「髭は関係無いだろう!」


 顔を真っ赤にしてナンタラと名乗る将軍が吠える。

 あ~煩い煩い。


「そもそもこれは不当でも贔屓でも無い。ただの商業的な観点からの投資です。この国で1番お金を生む産業に投資をして何が悪い? その昔……この国がどれ程麦の畑に投資をしましたか? そんな馬鹿面を恥ずかしげもなく晒す貴方には分からないでしょうが」

「くぬぬ! 言わせておけば若造がっ!」

「そっちも十分に言ってるでしょう? 言い返されたぐらいで青筋立てるなよオッサン。器の小ささがハッキリと見えるぞ?」

「この~っ!」


 激怒して食って掛かろうとした髭将軍を、周りの人たちが制する。

 この場は口論をする場所で、喧嘩をする場所では無いと誰もが知っている常識だ。


「王国軍や近衛が商人の護衛以外でお金を生む方法を考えれば僕としても話を聞きましょう。ですが現状としては消費するだけで生産しない。

 ならば生産する場所に大金を注ぎ投資をするのは間違いでしょうか? それで税収が増えれば喜ぶのは誰か?

 異論のある方はどうぞ……申し出てください」


 会議場が静まり返る。

 武官組からの睨む様な視線は怖いけど、文官たちは机の下でパチパチと手を叩いている。


 当たり前だ。国を運営するには税収アップは大切なんだ。

 ノイエが気持ち良く仕事を出来る環境を整えれば、それだけドラゴンを退治する回数が増える。

 部下の人たちが全員で苦情を言いそうだけど。


「そうすればドラグナイト家は潤うから……そう問われたのなら、その家の当主はどの様な返答を致すのかな?」


 武官組の最前列……中心に座る人が口を開いた。

 王国軍のトップである大将軍だ。


 ただ実につまらない質問です。そんな質問の返事は決まっている。


「確かにウチは潤いますね。その時は宰相様と相談して、ノイエに支払われる3割の金額を減らすだけです」

「ほほう。自ら給金の減額を申し出ると?」

「当然でしょう? 別に僕は自分が儲けるために投資をしている訳じゃない。全ては税収を増やす為です。宰相様……それで宜しいですか?」

「……それは今後のドラゴンの売却数を鑑みて決めるとしよう」


 宰相の言葉に文官たちが隠すことなく手を叩く。


 湯水のように税金を使う武官たちのしわ寄せを受けているのは主に彼らだ。そして馬鹿兄貴のしわ寄せを受けているのは主に僕だ。

 気持ち的には文官寄りになっても仕方ない。


「だがあのような施設が本当に必要か? 男女別の手洗い。男女別の待機部屋などなど……これは女に対して甘すぎる」

「だから男に対して甘くしろと? 僕はそっちの趣味は無いので御免被ります」

「儂も無いよ。だが……あんな“人殺し”の罪人崩れにこのような施設が必要なのかね?」


 一番高い所で王様がジェスチャー付きで『堪えろ』と言ってるが……もう遅い。


「言うに事欠いて僕のお嫁さんを『罪人崩れ』だと? どの口がそんな寝言を言ってる……この無能が!」


 会議場が静まり返った。


 顔を押さえた王様が……もう知らんと寝たふりを始めて側近が慌てている。

 おにーちゃんは変わらずポーカーフェイスだ。


「無能だと? それは儂の事か?」


 何の感情も見せず初老の大将軍が僕を見る。

 見た目は正統派の武人だ。経歴も手堅い。だが彼は、僕からすると許しがたい“罪”を犯している。


「ああそうだ。そんな汚くて重たい尻を大将軍と言う地位に恥ずかしげもなく載せている無能な爺に対しての言葉だよ!」


 ザッと武官のほぼ全員が拳を握り締めて立ち上がった。

 だが当の大将軍は……片手を上げてそれを制した。


「なぜ儂が無能なのか聞かせて貰おうか?」

「ああ。無能であり大罪人のアンタに理解する脳があるなら聞けば良い。

 そもそもノイエたちがあの施設に集められた時……この場に居た何人の将軍や大臣たちが、それを企てた者たちと共に仕事をしていた?」

「……」

「事が発覚して調べを受けた時に『彼らが勝手に企てたことです。自分たちは全く知りません』と、恥ずかしげもなくこんな言葉を言って自分の無実を訴えた者はどれだけ居る?

 ふざけるなよこの無能共が! これが国王様の暗殺計画だとしたら同じことを言えるのか!」


 これは前から言ってやりたかった不満だ。


「知らなかった? 勝手にやってた? お前たちの目は節穴か!

 よくそんな恥ずかしい言葉を言ってその椅子に座っていられるな!」




(c) 甲斐八雲

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