僕は美乳派だって

 ビクンビクンと痙攣したまま地面に突っ伏している売れ残りの上を、重装備の男たちが駆け足で通り過ぎた。


「誰1人として踏まないのは……あとで『傷物にしたんだから求婚してよ!』と騒がれるのが嫌なんでしょうね」

「そうですね」


 パタパタと手うちわで自分を煽ぎながら、いつも薄着の少女にフレアは手にした紙を戻す。


「はい書き直し」

「うわ~。どこがですか?」

「計算が間違っているわよ」

「……わたしは元々猟師の子なんですよ~」


 こっちに来てから計算を学んだルッテはとかく計算が苦手だ。

 だがそんな言い訳はこの副官には通じない。


「確り1つずつ計算を確認してから書き直しなさい。それもまた勉強よ」

「は~い」


 泣きそうな顔で頷く彼女にフレアは視線を動かした。


「ところでミシュは何であんなところで寝ているの?」

「今朝隊長が来るなり右手を振り上げて追い回したんです」

「それは……怖いわね」

「はい。本気で泣き叫びながら逃げて回ってましたよ」

「そのまま殴られて死んでも隊長は罪に問われないし……きっとアルグスタ様がやるように命じたんでしょうね。あの馬鹿が隊長に変なことでも言ったんでしょう」


 あり得る話だ。そろそろ一発殴られても良い頃だ。

 それをしないでいるのはただの幸運だと言っても良い。


「本当にアルグスタ様が優しい人で良かったわよね。これがハーフレンだったら今頃……」


 はふっとため息を吐いてフレアは空を見る。


 そんな先輩の様子を見てルッテは疑問に思った。

 王子を呼び捨てにするなど普段の彼女からはとても想像できなかったからだ。




「あの~アルグスタ様?」

「はい? 起きてるよ?」

「いえ。起きたと思ったから声を掛けたんですけど……」


 それはそれで失礼であろうクレアよ。


 いそいそと唇の涎を擦って彼女に顔を向ける。

 僕の机の前に立つ彼女は……どこか恥ずかしそうにしている。


「お花摘み?」

「違いますっ!」

「なら何?」

「あの……どうしてフレア姉様が、ハーフレン様の正室候補から外されたのか知りたくて」


 はい? 今何と申しましたか? あのフレアさんが、あの筋肉王子の結婚相手だった?


 こちらの様子に気づいた彼女の目が泳いだ。


「王家の秘密事項ですよね! 変なことを聞いてしまって」

「ちょっと待った」

「……」


 逃がさないよ?

 あははあはと、笑って逃げたがる彼女に……僕は机に肘をついて組んだ指の上に顎を乗せた。


「クレア君」

「……はい」

「詳しく聞こうじゃないか」

「……」


 ここに来てダンマリですか? でもね……大人はとてもズルい生き物なのだよ?


「ブロストアーシュがね……新しいケーキを販売するそうだ。木の実のケーキと木苺のケーキをね」

「んくっ」


 大きく喉を動かして彼女は生唾を飲み込んだ。

 お小遣い制の彼女が、ケーキなんかをいつも買ったり出来ないのは知っている。

 経済力とはそれだけでも武器になるのだよ。


「どちらが好きかね? 両方と言っても構わんよ……食べられるのであれば、ね」


 餌を前に我慢出来ないといった表情の彼女は、自分の姉の過去と食い意地を天秤にかけた。


「木苺を2つで」

「宜しい」


 どの世界でもケーキを前にした女の子は弱いらしい。




 要約するとこんな話だった。


 筋肉王子とフレアさんは幼馴染で、優れた魔力の持ち主だった彼女は正室候補だった。

 何でもある時期あの馬鹿兄は、フレアさんの実家であるクロストパージュ家に預けられていたこともあるそうだ。その時に幼かったクレアとも会っていると言われたが……ただ彼女の記憶が確かなら自分はまだ生まれていないはずだと。

 たぶんフレアさんとの間に居る姉妹の誰かと間違っているのだろうと呆れながら言っていた。


 さあ本題だ。何故フレアさんが彼の正室候補から外れたのか?


 メイドさんにお茶の支度をして貰い、休憩がてらまったりしながら会話をする。

 仕事をする時は真面目に、休む時も真面目に……それが僕のモットーです。


 ケーキは販売日を待つとして本日の茶請けはクッキー。

 ただこっちのクッキーはパサパサしてるんだよね。バターに問題があるのかな?


「両親は随分とガッカリしていたらしいです」

「まあね。普通に考えれば第二王子の正室だしね」


 それも次世代の国王を産まなきゃいけない使命もある訳で……これは王家の者しか知らない話だけどね。


「正室候補から外れたのに実家にも戻らず、気づけば王都で恋人まで作って」

「あ~でも……なんかお姉さんたちからだいぶ恨みを買ったとか何とか?」

「それは実家に戻らずに恋人を作ったからです。それも両親が認めるくらい魔力を持った人とか」


 確かそんな話を聞いた気がする。つまり姉の妨害説は順序が違うから外れる。


「つまりフレアさんは正室候補から外されて、でも王都に残って……もしかしてノイエ絡み?」

「わたしもそう思って色々と調べたんですが、正室候補から外れたのが6年前との話なので」

「そっか。ノイエがドラゴン退治を始めたのって4年前か」


 空白の2年が存在するって訳ね。


「どうしてかなって……ずっと疑問に思ってたんです」

「うん。フレアさんが実家に帰らなかった理由はさっぱり分からないな」

「……正室を外された理由は分かるんですか?」

「そっちは簡単」

「えっ?」


 愚問だよ。あの兄貴は常々こう公言している。


「巨乳じゃ無いのは女じゃないって……だからフレアさんが正室候補から外れたんだと思う」

「最低ですね」


 などと言いつつ自分の胸を確認しちゃうところが可愛いね。


「たぶんクレアもダメだろうね」

「……兄弟そろって巨乳を相手に痛い目を見れば良い」


 止せやい。僕は美乳派だって。



 ただ彼女のその一言が、後に大当たりとなった。




(c) 甲斐八雲

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