目を閉じて

 その日のことは後日、色々な書物や吟遊詩人の歌として広まった。

 大きく纏めるとこうだ。


『新婦たる騎士ノイエが放ったブーケは、真っ直ぐと宙に居るドラゴン目掛けて飛んで行った。そして皆が彼女のその二つ名の由来を目撃した。

 ブーケが触れるやドラゴンが苦痛の声を発し、体を捻じ曲げ吸い込まれる様に黒い小さな穴へと飲み込まれて行ったのだ。

 その異様な光景に参列者たちは皆息を飲み込んだ。

 ユニバンス王の声が響く。「の敵は騎士ノイエによって見事討たれた」と。

 緊張の硬直から解き放たれた人々は、歓喜の声を持って彼女の力を褒め称えた』



 全て……そう言うことになった。




 余りの空腹に目が回る。ガクガク震える両足が辛い。立っているのも正直限界だ。


 でも寄り添うノイエが支えてくれるからどうにかなっている。

 そんな彼女の前には参列者たちの長い長い列が。


 あれ? これっていつ終わるの? お別れの挨拶したんだからさっさと帰ってよ。マジで。


 ダメだ。このままだと僕の方が終わる。

 こんな副作用とか聞いて無いんですけどっ!



『生きているだけ幸運よ? 力の全て注げばそうなるわね……祝福使いの基本知識だわ』


 言っとけ馬鹿っ! そして失せろマジでっ!


『はいはい。ならこれからは一番近い場所から見守ることにするわ』


 ……出来たらちょこっと回復とか無い?


『嫌よ。私……貴方のこと嫌いだもの』


 マジ消えれっ!




 ブロイドワン帝国の使者たるキシャーラ将軍は、腕組みをしたまま遠くに居る花嫁を睨みつけていた。


「あの力……戦場に用いればどれほどの戦力になると思う?」

「さあ分かりかねません。未知の要素が多過ぎますので」

「だがドラゴン相手には負けんらしい」

「はい」

「……欲しいな」

「左様ですか将軍様」

「ああ。ヤージュよ」

「はっ」

「手荒い方法を用いても構わん。あの娘をどうにかして我が国の物とせよ」

「仰せのままに」


 フッと笑い将軍はユニバンス城に背を向けた。


 飾りっ気のない面白みのない城であるが、質実剛健な造りをしていて簡単には落ちそうにない。

 ならば城ではなくてそこを使う者を落として行った方が早い。


 彼の戦術は極めてシンプルだ。負けない為ならありとあらゆる手段を使う。ただそれだけだ。




 セルスウィン共和国の使者たるハルツェン財務大臣は、やれやれと前髪をかき上げ遠くに居る花嫁を見ていた。


「どうですかな? ハルツェン様」

「欲しいな。あれが居れば色んな商売が思いつく」

「ですか……でもまず帝国が動きます」

「あそこは堪え性が無いからね。だからいつも最後に失敗する」


 勝ちを急ぎ過ぎる帝国は気風は商売人には向いていない。

 だから自分たちは様子を見て機会を伺う。


「まずは情報集めだよ。あの女と……あの王子の情報を徹底的に、ね」

「はい」

「出来たらあの女を私の物にしたいね」

「……ハルツェン様にしては珍しい」


 長きに仕える秘書官ですらそう思わせる発言だった。


「あはは。ただの趣味嗜好の関係さ。私は、ね……あんな風に顔色一つ変えない女を、これでもかとグチャグチャにしてやるのが好きなんだ。どんな女でも最後はその顔を醜くしてよがるけどね」

「……」

「くふふふ。あははは……さあ国に帰って新しい商売を考えようじゃ無いか」


 彼の思考は常にシンプルだ。


 手に入れたい物はじっくりと見定めて、最低値で買う。

 もし競る相手が居るのなら、その相手を破滅に導いて……そして踏みつけてやる。

 生まれながらにして負け知らずの彼は、ある意味最も残虐な性格を内包している。




 彼は遠い場所から忌々し気に花嫁を睨みつけていた。


 きつく握った拳は、爪が皮膚を突き破り血を滴らせている。

 あれは良く無い。あの存在は自分たちの敵でしかない。

 今までに見たことの無いあの力は……異世界から呼び寄せた悪しき力なのかもしれない。


「ならば殺すまでです」


 覚悟を決めてポツリと呟く。


「その存在が邪魔なのであれば消すまでです」


 そうやって"彼ら"は今まで生きて来たのだ。


「今一時の幸せを噛み締めて生きなさい。人の子よ」


 全体的に黒い男はそう言葉を残して立ち去った。




 終わった~。


 もう最後は時間押しまくりで、日没終了間際だった。

 筋肉王子に担いで貰って帰宅。ノイエに全身を洗われて、夕飯まで食べさせて貰って、ベッドまで抱きかかえられて運ばれ……って色々とアウトじゃんかっ!


 体を起そうとしても全く動かない。

 完全燃焼だよ。あはは……燃え尽きたぜ。真っ白さ。


「アルグ様」

「……」


 枕元でペタッと女の子座りをした彼女が僕の頭を膝枕する。


「ごめん……手が」


 フルフルと顔を左右に振って来る。

 いっぱい撫でてあげたかったんだけど、腕が重くて動かないんだ。


 ジッと見つめて来る彼女は何も言わない。

 ヤバい寝そう。


「アルグ様」

「ん」

「あの力は、何?」

「僕の祝福」

「アルグ様の?」

「うん」

「……」


 ダメだよ? そんなにジッと見られても誰にも言う気が無いんだ。

 この力は墓の下まで僕が秘密として持って行くんだから。


「あの力は知られない方が良いんだ。だから皆にも……ノイエにも秘密。それに使うとしたらノイエぐらい。だからノイエも秘密にしてね」

「……何故?」


 軽く顔を傾け問うてくる。そんなの決まってる。


「ドラゴンを退治するのはノイエだもん。僕はそれを支えて護るのが使命……それだけのことだよ」

「……はい」


 そっと彼女の膝が抜けて頭が枕へ。

 物音一つ発せず馬乗りになった彼女が……そっと顔を近づけて来た。


「アルグ様」

「ん?」

「目を閉じて」

「そうだったね」


 どうやら彼女の中では、される方が目を閉じることになってるらしい。


 そっと目を閉じたら……柔らかくて暖かな感触が確りと唇から伝わった。




「隊長……急遽明日も休みだって」

「あはははは。どんと来いっ! 負けないんだから~! ドラゴンにも婚期にも私は絶対に負けないんだから~!」

「片方には圧倒的に負けてると思います」

「ルッテ違うわ。最初から勝負すら始まって無かったのよ」

「くたばれ! この婚約者ありめ~っ!」


 日が沈んだ暗闇の中……殴り合いの喧嘩を始めた先輩たちを見て彼女はこう思う。

『決して見習わない様にしよう』と。




(c) 甲斐八雲

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