足掻きなさい

 城下一周を終えて会場に戻り、ノイエの衣装替えも終わった。

 これで最後だ。最後のドレスはとにかくシンプルな形だ。でも所々に付いている宝飾の宝石は……大粒でどれも高そう。


 大丈夫? 本当に既製の金額なの?


 嫌な汗をかきながらもまずお嫁さんのお出迎えだ。


「ノイエ」

「はい」

「少し疲れた?」

「大丈夫」

「今夜は……早く寝ようね」

「……」

「ちゃんと撫でてからね?」

「膝枕」

「うん。楽しみ」


 甘えすぎないようにしないとね。

 ノイエの場合は明日から仕事だし……少しは休ませてやれよ。筋肉王子。


 指定された場所でノイエのドレスの最終調整をしていると、両手に花を持った可愛らしい女の子が駆け寄って来た。


 手に持ってるのはブーケかな?


 近寄る少女はとても愛らしく将来有望な感じだ。


「アルグスタ様~。ノイエ様~。お花です~」

「ありがとうね」

「はい~」


 一仕事を終えた様子な女の子が輝かんばかりの笑みを見せる。

 眩しい。これが若さか……。


「はう~。ノイエ様とても綺麗です~」

「……」


 子供相手に戸惑うノイエ。ある意味貴重な映像かも。


「済まんなアルグスタ」

「ふえ?」

「どうしてもキャミリーがブーケを手渡したいと駄々をこねてな」


 少し呆れ顔で来たのはイケメンお兄ちゃんだった。


 ってキャミリー? この子ですよね?


「……妹ですか?」


 あの種馬国王なら僕の知らない弟や妹が居てもおかしくは無い。


「いや。私の正室だ」

「……」


 はいアウト~。

 確か12歳だよね? 見た限り10歳以下なんですけど?

 もうあれだ。日本ならロリコンどころか犯罪だ。


「元気に育っているが、周りが甘やかすので少々自由過ぎる」

「あはははは」


 現に今もノイエのドレスが普通のだったら抱き付きそうな勢いだ。


 あれ? 落ち着いて考えると……あのロリッ子って、僕の義理のお姉ちゃん?


 何か色んな概念が壊されるよ。


「キャミリー。ブーケは渡したのだろう? 席に戻るぞ」

「は~い。またです~」


 ブンブンと手を振り、兄と手を繋いで立ち去る姿はほとんど親子だ。

 光源氏計画ってこっちの世界だと簡単に出来そうだな。


「アルグ様」

「ん?」

「あの子……笑ってた」

「だね」

「……」


 あんな風に自分も笑えたらとか考えてるのかな?


「ノイエもいつか笑えるよ」


 チラッと彼女がこっちを見る。


「僕が笑わせるから待っててね」

「……はい」


 微かにその表情が緩んだ。と……。



 グゥギャオォゥウッ!



 今までに聞いたことも無い音が辺りに木霊する。

 最も速く反応したのはノイエだ。


「ドラゴン……中型」




「ヤバいですよ~! どっかの王国軍がミスって中型の侵入を許しちゃった感じ? ねえ? これって後で全員呼び出されて、団長による罰と言う名の拷問? あは~。想像するだけで漏れちゃいそうっ!」

「勝手に逝ってなさい! ルッテ……どんな様子?」

「式場付近に中型です。でも……ここを含めてどこも突破されていません!」

「「へ?」」


 殴り合いの喧嘩を始めそうになっていた先輩2人の動きが止まった。


「本当に突然湧いたとしか思えないんですっ!」



 祝福『天眼』を持つ少女の言葉の意味することは?




 突然のことで反応できた人は少ない。

 しかし腕に自信があっても……動けずに見守るしかない。


 相手はドラゴン。この大陸の支配者としてその領域を無尽蔵に広げようとしている存在だ。


 上空でゆっくりと羽根を動かし留まるそれは、中型と呼ばれる種類。

 見た限り僕の中では一番オーソドックスな形をしている。本当の意味でドラゴンにしか見えない。


 ざわざわと広がる声に……このままだと会場が大混乱になってしまう。


「静まれ皆の者よっ!」


 と、壇上から声が響く。種馬国王……じゃ無くてお父様だ。


「我が国には大陸屈指のドラゴンスレイヤーが居るのをお忘れか?」


 良く響く声に安どの息が広がる。


 そう。確かにノイエが居る。

 両手をブルブル震わせ、今にも駆けて行きたい気持ちを押さえつけている人が居る。


 その表情は初めて見る。

 微かに眉間に皺を寄せ、『どうしたら?』と訴えかけて来る。

 彼女が飛び出せばドラゴンは退治出来る。でもそれは……。



『本当に馬鹿ね。ドレスが汚れるくらいなんだと言うの? そんなことでここに居る人たちが死んでしまうことの方が大変でしょう?』


 煩い黙れ。


『……どうするの? 貴方の最愛の人はドレスを汚さないでドラゴンを倒せるの? そんなことは無理よ。だってあの子の武器は自分の手足。一度振るえばドレスは血まみれよ』


 黙れって言ってるだろう。


『貴方なら彼女を救える。そうでしょう? 力を使ってあのドラゴンを退治すれば良いのだから』


 ……。


『そんなにも力を使うことが嫌なの? ……あの子がドラゴン退治以外の使われ方をするのが怖いの?』


 怖いに決まってる。ノイエは……優しい子なんだから。


『そう。ならそんな優しい貴方に教えてあげる。あのドラゴンはこの会場に居る誰かが呼び出したものよ。その意味は分かるわね?』


 ……最悪だ。


『本当に。でも今は決断するしかない。その力を貴方が使うか……あの子にドレスを汚すことを強要するか。

 どれを選ぶの?』


 ……どっちも選ばない。


『……そう』


 僕はただのドラゴンスレイヤーの夫だ。出来るだろう?


『可能よ。体への負担が大きくなるけれど』


 構わない。だから教えろ。どう使えば良い?


『好きに念じれば良いわ。次からはそれで使える。でも……あの子をドラゴン退治の宿命から解放できるかもしれない折角の機会なのよ? それでも?』


 決まってる。

 ドラゴンを退治するのは彼女の仕事だ。それを支えて護るのが僕の使命だ。それだけだ。


『……本当に与える人を間違えてるわ。でもあの子には一番相応しい相手なのかもしれない。あの子の為に必死に足掻きなさい。これからも見ているわ』




「さあ騎士ノイエよっ! あのドラゴンを討つのだっ!」


 壇上で盛り上がるオッサンがウザい。でも今はどうでも良い。


「アルグ様?」

「ノイエ。そのブーケを」

「えっ?」

「良いから」


 差し出されたブーケに手を伸ばし触れる。


 祝福起動。対象は……このブーケ。

 最初だから加減が分からない。失敗が怖いから全力で。


 ゴソッと体の奥から何かを奪われた気がした。


「くっはっ……ノイエ。これで」

「……」

「良いから……絶対に当ててね?」

「はい」


 スッと戦闘態勢に入った彼女が、大きくブーケを振りかぶり……そしてとうじた。




(c) 甲斐八雲

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